歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名の世界へようこそ

街歩きをしていると、表札にある住所と付近に設置されている街区表示板や町名表示板、住居番号表示板の住所が違うことがあることに気が付いた。

また、町会の掲示板、バス停、公園名、学校名、電力柱や電信柱のプレートなどについている名称も現地名と違うことがあり、なぜ違うのか疑問に思ったこともあった。

自分のことで恐縮だが、埼玉県浦和市(現埼玉県さいたま市)に引っ越してきた頃(1970年代前半)、年賀状の自分の住所に「埼玉県浦和市大字○○字○○」と書いていたことを思い出した。

このようなことがあり、町名について調べていたところ、東京都の旧町名については「旧町名をさがす会」さん、埼玉県の旧町名については「埼玉の古い地名を探す」さん等エキスパートのサイトがあることを知り、旧町名の深遠な世界に足を踏み入れたいと思った。

ちょうど琺瑯町名看板の探索がほぼ完了しかけていて、次の探索テーマを探していたところだった。 

旧町名探しは、ネットでの情報収集後、古地図と現代地図を比較して位置を確認したり、世田谷区のように自治体によっては住居表示前後の情報がホームぺージに掲載されていることもあり、これらを参考にして、現住所を確認したりしている。
古地図は東京35区時代の物が参考になることが多いが、すべて揃えているわけではなく、また、自治体の情報もないことも多いので、その場合は、地道に現地での探索となる。現地では、スマホ交通機関にほとんど頼らず、基本的に現代地図と徒歩という前近代的なスタイルである。

旧町名をネットで情報収集して探すということ自体、何の情報もないところから探すという本来の旧町名探しとは言わないのかもしれない。
先駆者の功績をたどるということになるので、意味合い的には、探すというよりは存在を確認しに行くことになるのだろう。
そうはいっても探してる旧町名が見つかると素直にうれしい。また、棚から牡丹餅的に、先人が発見していないと思われる旧町名をまれに発見することもあるので、これはご褒美、おまけだと思っている。

旧町名の探索対象は、主に家屋等に設置されている表札、住所プレート、電力プレートとなるが、寺院、神社等宗教施設に設置されているものも対象にすることもある。いわゆるハードモードではなく、イージーモードである。
その痕跡は、古い建物、門柱にあることが多いが、必ずしもそうではない。新しいものに残っているケースもあり、すべてを根気よく丁寧に確認していく必要がある。(歩き疲れてくると探索が雑になり、発見率が低下する。)
見つかる時は見つかる、見つからない時は見つからない、見つかるか見つからないかは、ほとんど運ではないかと思うことがある。
この場面で使うのはふさわしいかどうかは別として、「運・鈍・根」という言葉が当てはまるのではないか。「運が良いこと、粘り強いこと、根気があること」、なんかぴったりする。

遠目に立派な門柱を見つけると、期待に胸膨らむが、近寄ってみると、表札が削り取られていて(えぐり取られていてという表現の方が、適切か?)穴が開いたままになっているものや表面だけ壊されているものに出会うことがある。確実に旧町名だっただろうにと思うといたたまれなくなる。

また、折角それらしき表札を見つけることができたとしても、現住所になっている、住所の文字の全部、一部が消されている、上書きされている、シールが貼られていることがある等、残念な思いをすることも少なくない。
特にシールが貼られていると下に書かれている住所を確かめたくて、はがしたい衝動に駆られる。
また、木製の表札の場合は、読み取れなくなっていることが多く、これが読み取れれば、更に旧町名の発見率が高くなるのではないかと思うことがあるが、無理な話だ。

対象地域は、現在のところ、東京都と埼玉県がほとんどであるが、一部関東他県も含んでいる。

昭和、平成を経て令和の時代となり、かなりの旧町名の痕跡が消滅していると思うが、遅ればせながら、令和の時代に運よく残ってくれている旧町名を紹介していきたい。

※表札等に記載されている個人名、法人名、アパート名、電話番号には、モザイクをかけている。