歩・探・見・感

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電力プレート コイワ3-55

「電力プレート」のことを調べていたら、「電気契約プレート」、「電気使用契約プレート」とも呼ばれていることが分かった。
契約プレートと言うのなら、電気契約していた家庭は、家屋に必ず設置していたはずだ。
逆に契約していない家庭の方が少なかったのではないか?
そのはずなのに、あまり見つからなく、結構レアな存在なのは、契約していても、何らかの理由で設置しないことがあったということか?
それとも、取り外してしまったのだろうか?
それだと跡が残るはずだが、跡らしきものは、気づかないだけかもしれないが、見かけない。
さらに、設置者のことも考えてみた。東京電力の契約担当者が設置するわけないから、契約した時に契約者に電力プレートを渡したのではないかと。
設置するかしないかは、契約者の任意で、設置する契約者が少なかったという考えはどうだろう。これが設置されている家屋が少ないという理由ではないかと思えてきた。
まあ、考えても仕方ない、見つけた時は、素直にありがたいと思おう。 

「電力プレート」を自治体毎にまとめて紹介する予定であったが、下部漢字の東京電力の支社毎には整理がつくのだが、旧町名の物も多数あり、自治体毎に分類するのは、調査に時間がかかり、なかなか整理がつかない状態である。
ということで、今までは自治体ごとに紹介していたのだが、今後は、個別に紹介させていただくことにした。

前置きが少し長くなった。本題に入ろう。


昨日(2021年9月24日)、江戸川区を探索中見つけたものである。
9月の後半だというのに、東京の最高気温は30度を超える暑い日だった。しかし、35度超えの真夏のアスファルト焦熱地獄に比べると、幾分歩きやすくなってきた。

発見場所は、東京都江戸川区南小岩6丁目である。

それがこれである。

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これは、小岩町時代のものと思われる。
小岩町はどのようにして誕生したのだろうか。

1889年(明治22年)5月1日
町村制の施行に伴い、上小岩村、下小岩村、中小岩村、伊予田村、小岩田村が合併して小岩村が発足。

1928年(昭和3年)11月10日
岩村が町制の施行して小岩町となる。

1932年(昭和7年)10月1日
南葛飾郡全域が東京市編入。小岩町の区域は江戸川区となる。

1966年(昭和41年)3月1日
住居表示で西小岩、北小岩が成立。

1966年(昭和41年)9月1日
住居表示で東小岩、南小岩が成立。

ということで、小岩町は上小岩村、中小岩村、下小岩村と上・中・下から誕生し、東小岩、西小岩、南小岩、北小岩の東・西・南・北へと分かれることになった。

ご存じの方が多いと思うが、葛飾区には、新小岩があり、こちらは、地名になったのは、1965年(昭和40年)で、駅名の新小岩駅に由来する。地名はそのままの新小岩と東小岩、西小岩の東西だけである。

地名の由来
大和時代、721年(養老5年)の古文書「下総国葛飾郡大島郷戸籍」に「甲和里こわり」という集落があったという記録があり、この「甲和」の部分が「小岩」に変化したといわれている。