歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

電力プレート サカサイ2-13

「逆井」の旧町名表札は、訪問する前は、現存していると思っていなかったが、ざっと歩いただけだったが、数枚見つけることができた。こう見つかる時は、すぐ見つかるし、見つからない時はなかなか見つからない。残存率によるのだろうけど、そんなの行ってみないとわからない。

発見日 2021年10月2日

発見場所 東京都江戸川区平井2丁目

江戸川区逆井シリーズが続く。
今回は電力プレートである。

設置されている柱の幅のせいか、斜めに取り付けられていた。

「サカサイ」の電力プレートの存在は知っていたが、琺瑯町名看板が設置されている家屋にあるのかなと思っていた。
そうではなくて、琺瑯町名看板を探しに行く途中の家屋に設置されているのを偶然発見したのだった。運が良かったとしか思えない。
でも、以前見た電力プレートは、同じ「サカサイ2-13」だったが、まっすぐに設置されていたので、これと違うものがまだどこかに存在しているのかもしれない。

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「逆井」の歴史などついては、琺瑯町名看板の記事で記載したので、あまり書くことはないが、何もないと寂しいので、旧町名「逆井」及び現町名「平井」に関連する事項を探してみた。

地域に関係しそうなのをCHAKU WIKIから引用してみた。
・電子辞書で「江戸川区」と引くと「江戸川と荒川の間にあり・・・」と書いてある。つまり平井が外されてる。
・平井1丁目、2丁目はかつては逆井と呼ばれ平井とは区別されていた。
・周囲はすべて川で囲まれている。そのような事情から「平井島」と呼ばれる事もある。
・区内でもここだけ荒川を挟んで西にあって地理的に仲間外れな感じがする。なんで江東区or墨田区じゃないの? → 新中川掘削以前に区境を決めたから
・平井は江戸時代以前から陸地だった。

「逆井の富士塚
富士塚は高さ6mほどの小山で昔から「逆井の富士」といわれて、富士信仰の石碑が二十数基建てられている。その中には、小講義の再築記念の碑、明治15年(1882)6月1日桑川新田村結社の小御嶽神社の碑などを始め、「風智の山見聞申言も唯一に国に光を」と刻まれたものや、「富士の山のぼりて見れば何もなし善きも悪しきも我が心なり」と記された明治17年(1884)6月再築記念の碑などがならんでいる。
現在の富士塚は、昭和41年7月7日の改修で、周囲48m、高さ125cmのコンクリートで円形に土止めが施されているもので、小山の頂上には、浅間神社の小祠がある。
富士塚は区内の神社にもいくつかあるが、逆井の富士が最も大きく有名である。(江戸川区文化財より)