この日(2021年10月12日)は、文京区内で収穫の手ごたえを感じていた。
(投稿済の記事以外に初見の電力プレート「ヒガシカタ-14」と「キクザカ-4」も発見、過去発見済みのものと合わせて後日公開予定)。
まだ、時間があったため、根津の古い建物が集中している通りに寄ってみることにした。
根津2丁目を通った所、「あんぱちや」が10月21日から解体されるとの案内が貼ってあった。調べてみると9月22日に閉店したそうだ。
雑貨店「あんぱちや」をご存じの方はいるだろうか?
入店したことはないが、この辺りを探索している時、いろいろなものが置いてあり、通る度に気にはなっていたのだ。
下記の廃業の案内が貼られていたそうだ。
お客様各位お知らせ
この度あんぱちやは明治・対象・昭和・平成・令和とこの文京の地で商いをさせていただき又この根津では50年以上長きに渡り皆様にお世話になりましたが経営者高齢と建物老朽化のため急ではありますが廃業という形になりました。これより在庫処分をさせて頂きながら閉店とさせて頂きます。長い間本当に本当にありがとうございました。
最終日は在庫一掃で全品110円だったそうで、ほぼ完売で終了したそうだ。
また、根津のランドマーク、根津の名物店が消えてしまった。
「あんぱちや」については下記の記事に詳しい、興味がある方は読んでみたらどうだろうか。
帰りは日暮里から電車に乗ろうと思い、久しぶりに谷中を訪問。
細い路地があると、習性みたいなものですぐ入りたくなる。
入ってみると、これがあったのだ。
発見日 2021年10月12日
発見場所 台東区谷中6丁目
これは初見の旧町名の表札であることがわかった。
楕円形のこの形の表札も、よく見かけるが、長方形よりは、個性的で味があるように感じる。流行った時期があったのだろうか?
谷中というと谷中清水町・谷中坂町・谷中初音町・谷中茶屋町・谷中真島町・谷中上三崎南町・谷中上三崎北町と谷中○○町という○○がつく町名だけだと思っていたが、谷中町というシンプルな町名があるとは、知らなかった。
古地図で見てみると確かに谷中町は存在していた。
当時は、一区画のみの狭い範囲だったようである。
その町名が残っていたというのは、奇跡かもしれないと、自分では勝手に思っている。
1947年(昭和22年)3月15日
東京都台東区に所属。
1967年(昭和42年)1月1日
住居表示の実施により、谷中町の一部がそれぞれ谷中六丁目、谷中七丁目に編入となる。
町名の由来
谷中村から独立して町屋を形成した年代が最も古い町であったことから。