春日部市と言っても埼玉県外の人は知らない人が多いと思うが、今回は「クレヨンしんちゃん」で有名な埼玉県春日部市を久しぶりに再訪した。
旧町名探索中、ブロック塀に小さなプレートが設置してあったので、近づいて見てみると「東京都中央区銀座東」の文字が読めた。
こんなところに東京都中央区のものだが、旧町名の痕跡があった。
これがきっかけになるが、今回は、「銀座東」を紹介しよう。
「銀座東」は旧町名なのか、「東銀座」の間違いではないかという方がいるかもしれない。
現在の「東銀座」は町名ではなく、首都高速都心環状線を挟んだ地域も含めて東銀座駅を最寄りとする一帯を一般的に「東銀座」と呼んでいるのである。
①東京都中央区銀座東3ノ9
発見日 2021年11月2日
発見場所 埼玉県春日部市粕壁3丁目
このように全然違う場所で旧町名が見つかることがたまにある。
これは、施工者が設置したものと思われる。
サイズは縦約5.5cm、横9㎝だった。普通の人だったら、こんな小さなもの目にも留めないだろう。
しかし老眼でもマニアは違う。
と言いたいところだが、探索していても気が付かないものも多い。
これはたまたま目に入っただけである。
「群協ブロック株式会社」と読めるが、検索した限り現存していないようである。
一方、「真光ビル」は現存しているようである、昭和32年築と古く、エレベーターはない地上5階建てのビルのようだ。
以前、現地で発見した「銀座東」も紹介しよう。
②中央区銀座東1-9
発見日 2021年5月22日
発見場所 東京都中央区銀座1丁目
これは表札ではなく、町会で製作した住所プレートのようだ。
沿革
1931年から1951年
木挽町一〜八丁目
1951年(昭和26年)8月1日
三十間堀川の埋め立てにより木挽町と陸続きになることから、この木挽町一丁目を銀座東一丁目(銀座東二丁目から銀座東八丁目も同様)と改名した(埋め立ては1952年7月に完了した)。
1968年(昭和43年)10月1日
住居表示実施により、銀座西一丁目と銀座一丁目を統合し、これを改めて銀座一丁目(銀座二丁目から銀座八丁目も同様)として銀座西が消滅(ただし東京高速道路下にある店舗などは未だに何区に帰属するか確定していないため、暫定的に「中央区銀座西〇丁目地先」と名乗っている)。
1969年(昭和44年)
住居表示実施済みの銀座一丁目に未実施の銀座東一丁目を編入し、これを改めて銀座一丁目(銀座二丁目から銀座八丁目も同様)として銀座東が消滅。
町名の由来
銀座の東側に位置する木挽町と銀座との間にあった三十間堀川が埋め立てられ地続きになること、銀座の西側に銀座西があったことに対応して、地元住民の希望が実を結んでできた町名。