歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名 渋谷区新橋町

渋谷区新橋町の表札は、以前、陶器製のものがあったようだが、現存している2枚は両方とも木製である。

新橋?
港区じゃないのか?
いや、かつて渋谷区恵比寿に新橋があったのだ。

 

①発見日  2021年3月16日

 発見場所 東京都渋谷区恵比寿2丁目

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この辺りは、細い路地が入り組んでいて迷路のような感じだ。
でも、このようなところに旧町名が潜んでいる。

文字が薄れてしまっているところもあるが、まだ、はっきりと「新橋町」と読める。
木製のものは、劣化が激しいものが多く、全く読めないものも多いが、よく残っていてくれたものだ。

 

②発見日  2022年1月4日

 発見場所 東京都渋谷区恵比寿2丁目

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こちらの文字は木製の表札だが、①よりはっきりと読める。

この表札は、細い道を奥へと進んでいった先の一番奥にあった。

この写真を撮るための苦労話を聞いてほしい。
事前調査として、番地は分かっていたので、所持している渋谷区の古地図で位置を確認した。
現代地図で照らし合わせて、おおよその位置を確認し、ストリートビューで確認する。
たぶんこのあたりだろうと、訪問した。
間違いない、ここだ。
おばさん、いや失礼、この辺りだとマダム、ご婦人と言わねばいけないだろう。
立ち話をしていた。
邪魔だ、よくある、このようなことが。
何故だか、人がいて撮れないことが度々ある。
不思議だが、今は撮るなと言われているようだ。

そこで、しばらく、周辺を散策することにした。

戻って行こうとすると、自転車と自動車がこの行き止まりの道に入ってきた。
まただ、何故だ?
こんな細い道で、しかも、行き止まりの道なのに。
来るなということか?

仕方ないので、次の探索予定の場所を先にすることにした。

別な日してもよかったのだが、あきらめきれず、また戻る。

ようやく誰にも邪魔されず、撮ることができた。

と、他の方も色々ご苦労されていると思う。
スムーズに撮れることもあるが、このようなことも度々あるという裏話である。

 

歴史

1928年(昭和3年
旧渋谷町の行政地名の変更の実施により、「東京府豊多摩郡渋谷町豊沢」の一部と「東京府豊多摩郡渋谷町町田」の一部から新橋町が成立した。

1932 年(昭和 7 年) 10 月 1 日
東京市編入され、千駄ヶ谷町、渋谷町、代々幡町の区域をもって渋谷区が新設される。

1966 年(昭和 41 年) 7 月 1 日
住居表示が施行された結果、「渋谷区新橋町」は、「恵比寿一丁目」と「恵比寿二丁目」へ分かれた。

 

地名の由来
渋谷川にかかる橋名から。

 

「恵比寿新橋商栄会」の商店街灯

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よく見ると街灯の取り付け方や下の飾りの形が異なるものがあった。このような細かいところに気が付くのは自分だけか?いや、きっと街灯マニアの方がいて、いろいろな商店街の街灯を紹介していることだろう。

「恵比寿新橋商店街」は、「恵比寿一丁目」の、住居表示実施前は「渋谷区新橋町」だった場所にあった商店街。
2012 年までは「『ぽかぽか通り』と『ビール坂』が交差する地点」と「『ぽかぽか通り』と『新橋通り』が交差する地点」に「いらっしゃいませ 恵比寿新橋商店街」と書かれた商店街灯が設置されていたが、2013 年からは「恵比寿新橋商栄会」の商店街灯へ変更された。

そうだシリーズ。
「新橋地区」恵比寿で唯一昭和の風情が残ると言われているようだ。

戦前、恵比寿2丁目のファミリーマートあたりは金木牧場だったそうだ。

現在の臨川小学校の向かいの広尾1丁目の交差点に都電のチンチン電車の駅があったそうだ。

「新橋湯」という銭湯があったそうだが、2013年3月に惜しまれつつも閉店したそうだ。

 

新橋町会の掲示

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この辺りでも、ハクビシンやアライグマが出没するようである。

 

掲示板に張られていた町会の新年のあいさつ

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こちらの町会は副会長が会計を兼任されているが、単独でも会計の方がいる。かつて会計担当の不正でもあったのではないかと、余計の心配をしてしまうのは、自分だけであろうか。