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雪景色の皇居、東京駅他

この日(2022年1月6日)は東京23区では大雪警報が出された。
都心では、夜までに4年ぶりとなる10㎝の積雪を観測。
最高気温は2.6℃にとどまり、19年ぶりに3度に届かなかった。

そんな中、探索に出かけた。
品川駅を降りた時は、まだ、それほど雪は降っていなかった。
まさか、こんなに積もるとは、その時は思っていなかった。

高輪、芝、新橋、赤坂に残る旧町名、電力プレートを探し求めて、だんだんと雪足が激しくなる中、雪まみれになりながら、探索を続けていた。

ダウンと手袋の重装備だったので、気温が低かったが、寒く感じることはなかった。
しかし、靴はウォーキングシューズだったので、水が浸み込んできて、足先が冷たかった。

このような中、足が滑りそうになりながら、目的の旧町名と電力プレートは無事発見することができた。
これらは埋もれてしまう前に紹介したいと思うが、忘れてしまうかもしれない。

 

今回は、探索途中で撮った雪景色の写真やその関連情報を紹介しよう。

赤坂を探索中、帰ってきてLINEが来たので、探索を中断し、新橋駅から電車に乗ろうと思ったが、皇居の雪景色はどうなっているのだろうかと気になり、中々こんなチャンスはないと思い、皇居周辺の雪景色を少し撮ってから、東京駅から帰ることにした。

それでは、始めよう。

 

左から、雪化粧されたツワブキ、ツバキ、ドウダンツツジ

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郵便ポストの上に乗っかっていたミニ雪だるま(in赤坂)
右側はミカンか?

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この女性をストーカーしていたのではない。ただ、向かう方向が一緒だっただけである。
差している傘に江戸古地図が書かれていたので、気になってしまった。(in新橋)

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調べたところ、市販のものではなく、傘のシェアリングサービス「アイカサ」を利用したものだということが分かった。
そういえば、「アイカサ」という文字見えたが、その時は、何を意味しているのか分からなかった。
東京駅での展開を記念し、特製の「東京駅オリジナル傘」を製作されたもので、日本橋の古地図専門店「ぶよお堂」の協力で、江戸後期嘉永年間に製作された「築地八丁堀日本南絵図」「日本橋北神田濱町絵図」「御江戸大名小路絵図」を元に日本橋八重洲、京橋、大手町、丸の内、有楽町の6エリアの古地図が傘生地にプリントされているそうだ。江戸の雰囲気が伝わるような色味を使い、街のどこで写真をとっても映えるようなデザインにしたそうだ

「アイカサ」はNature Innovation Groupが2018(平成30)年12月に「傘のシェアリング」サービスとしてスタートした新事業。
1日の利用料は70円とビニール傘を買うよりかなり安い。

 

虎ノ門 大坂屋 砂場」

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1872年(明治5年)創業のそば屋。
現在、都道愛宕下通り」の道路拡幅工事に伴い仮店舗にて営業している。
仮店舗:東京都港区西新橋1-10-1

現在の店舗は、関東大震災直前に建てられた木造一部3階建で、何度か改修工事が行われいるが、大正時代の面影を残す2階の欄干・銅葺き庇、大地震にもびくともしなかった。戦時中、この地域は空襲の被害が比較的に少なかったそうだ、近くで火の手が上がっても、皇居の消防隊が宿舎として提供していたため延焼を免れた。

国の登録有形文化財に指定されている。
登録年月日:2011年(平成23年)7月25日

2021年2月15日、雨が降る中、8時30分からレールに乗せて移動させる曳家工事が開始され、約1時間かけて3メートルほど西の方角へ建物を移動したそうだ。

今回は改修も同時に進めているようで、傷んでいる手摺を補修したり、木材が燃えにくくなるような塗料を塗ったり、登録有形文化財なので、傷んで、どうしても交換する必要があった入口建具は、寸法、材料、ガラス、すべて既存に合わせ新しく製作。あまり新しく見えないように、塗装屋が染めてくれたそうだ。

 

雪化粧された重要文化財 法務省旧本館

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東京都文化財情報データベースより

明治政府は、最大の外交課題であった不平等条約改正交渉に先立ち、近代国家としての体制を整えるため、明治19年(1886)から官庁集中計画に着手しました。計画立案には当時のドイツ建築界を代表するヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンを招聘し、司法省の庁舎として企画されました。工事監理はベルリン工科大学に留学経験のある河合浩蔵が務め、明治21年(1888)に着工し、明治28年(1895)12月に竣工しました。東京大空襲で煉瓦造の躯体と防火床の一部を除いて、ほぼ全焼しました。平成3年から6年にかけて行われた保存改修工事により、創建当時の姿に復原しました。建物は、1階を低く抑え、2・3階を高くした3階建で、屋根はスレート葺、外壁は赤煉瓦を基調に柱や窓周りに白い石材を用いてます。明治の官庁集中計画による建物で現存する唯一のものであり、本格的なドイツ・ネオバロック様式を用いた外観に特徴があります。

 

雪化粧された皇居

これからモノクロの世界がしばらく続く

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桜田門

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東京都文化財情報データベースより

この門は、古くは小田原口といい、この地域に古東海道が通っていたことをうかがわせます。そのため、ここが江戸城防備上重要な拠点となり、かなりな規模の門となったと考えられます。この門は、寛永期に建設されたようですが、現在の門は寛文3 年(1663)に再建されたものが基となっています。その後、明治4 年(1871)に一度撤去された後に再建され、関東大震災後に復原されて現在に至ります。
  江戸時代には、この門を外桜田門、桔梗門を内桜田門と称し、大名登城路に利用されていました。また、幕末に桜田門外の変井伊直弼が水戸浪士に暗殺された場所は現在の警視庁の前辺りでした。外桜田門のすぐ目の前に警視庁はあるので、ドラマなどでよく「桜田門」と称されます。
  なお、田安門には「寛永十三」(1636)、清水門には「万治元歳」(1658)と高麗門の肘壺金具に刻まれており、外桜田門とともに江戸時代初期の城門を示す建造物として残されています。

 

背景はモノクロだが、桜田濠の柳はグリーンで映える

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桜田濠の名水「柳の井」があるらしいが、この雪の中、急いでいたせいもあり、気が付かず。

 

皇居外苑のバックに丸の内のビル群が雪に霞んで見える。

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富士見櫓

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千代田区観光協会のホームページより

中雀門を入って左手の本丸南端に位置する三重の櫓です。櫓の高さは約16メートルあります。どこからみても同じような形に見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれています。明暦3年(1657)の大火で天守閣が焼失した後は、その代わりとされたと伝えられる重要な建物です。
 櫓の上からは富士山はもとより、秩父連山や筑波山東京湾などを臨むことができました。
 太田道灌の歌に「わが庵は松原つづき海近く富士の高嶺を軒端にぞ見る」と詠まれていますが、その歌を詠んだ場所がこのあたりではないかといわれています。

 

雪が降りしきる大手門橋の下に白鳥と鴨?が数羽いる

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千代田区観光協会のホームページより

内濠に架かり、大手町一丁目と丸の内一丁目の間から、皇居東御苑に入る土橋です。大手門は江戸城の正門でしたから、御城入口御門橋・大手下乗橋などの別名もあります。大手門は慶長11年(1606)に造られました。橋は、江戸時代は木橋でしたが、大正年間に埋め立てられ、土橋となりました。橋の北側は大手濠、南側は桔梗濠と呼ばれています。徳川家康入国以前は、この辺りも日比谷入江が入り込み、ここに船着場があったと伝えられています。別名として、「御城入口御門橋」・「大手下乗橋」があります。 

 

行幸通り

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千代田区観光協会のホームページより

東京駅丸の内中央口から皇居前内堀通りを結ぶ「行幸通り」。ここは「ぎょうこうどおり」とも「みゆきどおり」ともいわれていますが、正式名称は「東京都道404号皇居前東京停車場線」です。長さ190メートル、幅73メートルのこの通りは普段通行止めになっており、皇室行事と外国大使の信任状捧呈式の馬車列が東京駅から皇居に向かうときのみ道路として利用されています。 

 

東京駅前でテレビ中継か?

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カメラマン、アナウンサー(見たことがない、どこのテレビ局だ)ご苦労様。
傘さしてもいいのに、と思うが、臨場感が出ないのだろうか?

 

新丸ビル

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東京駅

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この雪の中、写真を撮っている人が結構いた。同類だ。

 

東京駅丸の内中央口の門松、雪が被っていた。

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この日の総歩数 29,392歩

順位 172位/20,091

1位 105,754

2位 104,449

3位   93,777

4位      82,371

5位      80,896

この雪の中、皆さんすごすぎる。

 

埼玉県さいたま市の今日(2022年1月7日)の最低気温-8.3℃と今季最低で、関東主要都市でも最低だったようだ。