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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

庚申塔 さいたま市立博物館

訪問日 2022年1月20日

さいたま市のうつり変わりと人びとのくらし展」の垂れ幕に惹かれ、久しぶりにさいたま市立博物館を訪問してみた。

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最近は若者に昭和レトロがブームそうだ。今日(2022年1月21日)の日経にも「Nextストーリー 若者なぜ昭和メトロ(1)懐かしくも新鮮な非日常「大人の遊び場」に魅了 雑多な街並楽しむ」という記事が載っていた。

えっ?「昭和メトロ」?
「昭和地下鉄」?
「昭和レトロ」の間違いではないか?

新聞本誌を見ると「昭和レトロ」になっていた。
電子版だけが、「昭和メトロ」になっているようだ。

 

ちなみに、一説によると、この「昭和レトロ」というフレーズを最初に使ったのが「青梅」だと言われている。

 

読者にこの年代を知る方がいるかどうかわからないが、展示されていて、還暦過ぎのおじさんが、気になったものをいくつか紹介しよう。

庚申塔はどうした?

 

紙芝居

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さいたま市に伝わる話や日本の昔話の紙芝居が、令和4年1月・2月の土曜日日曜日及び祝日に行われる。

 

白黒テレビ(三菱製)

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チャンネル切替えや音量調整は、その都度テレビまで近づいて「チャンネルを回して替える」ダイヤル方式だった。

NHKがテレビ放送を開始したのが昭和28(1953)年2月1日で、8月28日には民放もこれに続いた。この年、国産初のシャープの白黒テレビ「TV3-14」が発売された。公務員の一般的初任給8,700円の時代に、このテレビ1台の価格が175,000円したそうだ。
現在の価値で約330万円になるという。

 

手回し脱水機つき電気洗濯機(東芝製)

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洗い上がった洗濯物を2本のゴムのローラーの間に通して、正面にあるハンドルを回すと脱水が出来て、洗濯物がピン!となった状態で出て来る。

 

電気冷蔵庫(NEC製)

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NECも以前は冷蔵庫を製造していたんだった。

NECホームエレクトロニクスは、家電リサイクル法の対象である家電4品目の製造・販売を行なっていたが、平成9年8月にテレビ、平成10年8月には、エアコン、洗濯機、冷蔵庫から撤退している。
NECホームエレクトロニクスの会社自体も事業分割・移管のうえ解散が決定、2000年3月31日をもってその幕を閉じた。2002年2月に清算完了したそうだ。

 

氷冷蔵庫(松坂屋製)

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「いとう丸」の商標があるので、あの松坂屋で製作していたのだろうか?
この商標は、松坂屋の前身であるいとう呉服店の「いとう」を形にしたもので、井桁が「伊」、中央のくずし字が「藤」を表しているそうだ。

同じものがヤフオクで33,550円で販売中だ。
購入する人はいるのだろうか?

1930年、国産初の電気冷蔵庫が芝浦製作所(現東芝)から発売された。重量157キロ、現在の300万円相当で当時は上流階級や一部高級レストランのみが購入した。代わりに庶民には氷冷蔵庫が愛用された。現代のように保存がきかないため、その日食べる食材をその日に買い食べ切った。1958年になっても電気冷蔵庫は普及率3%で憧れの家電だった。

 

おぐちデジタルミュージアムより

国産の冷蔵庫が発売されたのは明治41年ですが、そこからなかなか一般の家庭には普及していきませんでした。冷蔵庫そのものの価格が高かったこともありましたが、いつも新鮮(しんせん)な食材が簡単に手に入るため、保存するということに対して、さして必要性を感じるようなことはなかったようです。電気冷蔵庫が普及する昭和30年頃までは、冷蔵庫というと、氷を入れて氷で中を冷やすものでした。木製の箱の内側にブリキの板を張り、上段と下段をわける仕切りをつけ、上の段に氷を入れ、下の段に食べ物を入れて冷やす仕組みで、解けた氷は外に排出されるように工夫されています。氷は夏になると毎朝リヤカーを引いた氷屋が家々を回って、角切りにして届けてくれました。冷蔵庫で解け残った氷を割って食べるのも、夏の楽しみでした。

 

掛時計(精工舎製)

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精工舎は現在のセイコータイムクリエーションである。

ゼンマイとは、弾く性質のある金属の板を渦巻き状にしたバネのことだ。山菜の薇(ぜんまい)に形が似ているので、そう呼ばれた。
右側が針を動かすためのゼンマイ。左側がボンボンという音を打たせるためのゼンマイ。それで文字盤には左右に2つカギを入れる穴がある。
振り子があるのは、振り子には、長さが同じであれば、ふり幅が変わってもその周期(1回振れる時間)は変わらないという性質がある。それを利用して、機械を一定のリズムで動くように調節する役割をしている。

 

ここから、ようやく庚申塔の記事となる。

調べていくうちにこの庚申塔は、さいたま市西区高木にある「高木の庚申塔」と呼ばれているものであることがわかった。
ということは、特に説明書きは見当たらなかったような気がするが、これはレプリカということになる。
本物にしてはなんか質感が違うと思った。

本物ではないが、本物と思って記事にするしかない。

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庚申塔の彫刻についての説明があった。

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上部

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ここで「ショケラ」のことを「三尸虫」と書いてあることが気になった。
「ショケラ」の間違いではないか?
調べてみたところ、「ショケラ=三尸虫」の説もあるようなので、間違いではないようだ。

 

下部

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三猿

東 大宮

  原市

西 川越

  平方

「平方」は上尾市にあった「平方村」のことだと思われる。
「平方」は上尾市の大字として、現存している。

 

右横

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北 上尾

      道

南 阿きは

「阿きは」はさいたま市西区中釘818にある秋葉神社のことらしい。

秋葉神社沿革(秋葉神社ホームページより)
社伝によれば当秋葉神社聖武天皇天平年中(凡そ1250年前)に創建されたと伝えられ、江戸時代山之内一唯公が中茎(現中釘)に治行所を置かれるにあたり守護神として篤く崇敬され、寛文元年社殿を改築されました。また、元文4年紀州徳川家御祈願所となり篤く崇敬されました。 御祭神は火之迦具土神を始め14柱の神をお祀りし火防、盗難除、家内安全、百難消除、延命長寿の神として関東一円に崇敬され春秋の例大祭には各地より多くの方が参拝に訪れます。

 

左横

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さいたま市西区高木の庚申塔
 庚申塔は、六十日に一度くる更新の日に、人の体の中にいる三尸の虫が天に昇り、人の悪行を報告するという中国の道教の教えからその夜は集まって、飲食をしたり話し合ったりして、寝ずにすごし、健康や長寿を願うという江戸時代に全国的な庚申信仰に基づき五穀豊穣などの願いも合わせ建てられました。
 この庚申塔は、寛政三年(西暦一七九一年)に指扇領木下村の和久津政右衛門と関根惣右衛門によって建てられたもの。邪鬼を踏む青面金剛と三猿が彫られ、全体的に当時の姿をよく残しています。
 道しるべもかねており、正面に 東 大宮 原市 西 川越 平方 右側面には 北 上尾 南 阿きは 道 と刻まれています。また「西国坂東秩父百番供養諸願成就建」とあり。