渋谷区広尾三丁目にある路地を入ったところに、旧町名「澁谷區羽澤町」の同じ番地の住所プレートを残す古い木造の家屋が2軒並んでいた。
並んでいたという過去形を使ったのは、2022年7月5日に再訪したところ、手前にあった木造の家屋が解体されており、更地になっていた。
手前の家屋には①が設置されていたので、残念ながら①は消滅してしまったことになる。
①澁谷區羽澤町一〇三番地
発見日 2021年2月16日
発見場所 東京都渋谷区広尾三丁目
②澁谷區羽澤町一〇三番地
発見日 2021年3月30日
発見場所 東京都渋谷区広尾三丁目
①と②は発見日が違う。
すぐ隣だったのに、何故だ。
何か撮れない理由があったのだろうけれど、全く思い出せない。
歴史
1928年(昭和3年)
渋谷町下渋谷(羽沢、笄開谷、居村、豊分)より羽澤町成立。
1966年(昭和41年)7月1日
住居表示実施により、広尾2~4となり、消滅。
地名の由来
建久年(1191)、源頼朝の飼鶴此所が羽沢、鶴谷、渋谷にあり、その雛がはじめて羽ばたく所という意味で羽沢(はざわ)と呼ばれるようになったようだ。
大正から昭和初期にかけて東京市長などを務めた名士・中村是公氏の見事な庭園を有した邸宅が建てられた。跡地に現在はザ・パークハウス広尾羽澤が建っている。
同じデザインの住所プレートが旧町名「若木町」(現東三丁目)にもある。
「若木町」の住所プレートは2022年7月5日現存を確認してきた。
無事な姿を写真に収めようとしたが、玄関が少し空いていたので、あきらめた。
これは以前写真に収めているので、いずれ紹介することにしよう。