漢字で書くと「江古田」で、読み方は「エコタ」「エゴタ」「エコダ」「エゴダ」の4種類がある。
西武池袋線の江古田駅は「エコダ」と読むが、都営大江戸線の新江古田駅の江古田は「エゴタ」と読む。
西武線の江古田駅は東京都練馬区旭丘に、大江戸線の新江古田駅は中野区江原町にある。
練馬区には江古田駅周辺を含めて「江古田」という地名はないが、中野区には江原町に隣接する形で「江古田」の地名が存在し、「エゴタ」と読む。
新青梅街道に架かる江古田大橋は、中野区にあるにもかかわらず橋の根元のプレートに「えこたおおはし」と濁らずに書かれている。
ややっこしすぎる。
自分的には「エコダ」が言い易いが、言い易いという問題ではない。
そうなっているのである。
さて、この電力プレートは「エコダ」になっている。
ということは中野区ではなく練馬区のものとなるわけだ。
発見日 2022年8月27日
発見場所 東京都練馬区旭丘一丁目
歴史
江戸時代、上板橋村字江古田といって、多摩郡江古田村(中野区)の新田であった。
1872年(明治6年)
「東京府第9大区4小区上板橋宿」に再区分。
1878年(明治11年)
郡区町村編成法「東京府北豊島郡上板橋村江古田」。
1897年(明治22年)
市制・町村制「東京府北豊島郡板橋町上板橋村江古田」。
1932年(昭和7年)
東京35区制
板橋区が成立。
上板橋村江古田は板橋区江古田町になる。
1947年(昭和22年)
板橋区江古田町は練馬区が板橋区から独立したことで練馬区江古田町になる。
1960年(昭和35年)
江古田町は町名地番整理により旭丘に改名する。これにより練馬区で江古田町の地名が消滅する。
新しい町名にはいろいろ議論があり、結局は住民投票で、地元小学校の名にあやかって旭丘に決まった。
旭丘小学校も、もとは上板橋第三小学校といっていたが、練馬区に編入のとき改称した。区内で最初に朝日が仰げる丘という意味で、校歌の一節に「のぼる朝日に・・・」とある。
地名の由来
当然のことながら諸説ある。
中野区のホームページには二つの説があるとしている。
一つはエゴの木がたくさん生えていたからという説、もう一つは江古田の森のあたりに江古寺という寺院があったことによるというものです。平成15~16年の看護学校建設に伴う発掘調査で14~15世紀前半の寺院の跡が発見されていますので、後説が有力となっています。
「江古田」の読み方問題については、調べてみると、多くの方が書かれているので、素人の自分の出る幕はないなと思い、深追いはやめることにした。