歩・探・見・感

歩・探・見・感

ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名 港区麻布龍土町

今回は、再訪(2022年9月27日)して無事を確認することができた港区の旧町名「麻布龍土町(あざぶりゅうどちょう)」を紹介することにしよう。

 

発見日  2021年2月6日

発見場所 東京都港区六本木七丁目

 

①港区麻布龍土町七四番地

 

②港区麻布竜土町四十一番地

文字が消えかかっている。

こちらの「りゅう」は「竜」になっている

 

竜土町会と竜土自治

調べたところ、竜土自治会は存在していないかったので、竜土自治会とあるが、誤りか?

 

旧町名由来板

これは六本木西公園に設置されている。

 

昭和20年代の港区地図

 

現代(平成18年)の港区地図

10年以上前の地図だが、大使館、公園、学校などあまり変わりそうもないものが掲載されているので、ほとんど残っているような感じがする。

変わっているものを探してみたい気もするが、それほど暇でもない。

ブログの記事を書かなければ。

 

旧町名由来

竜士町の旧地は、芝愛宕下 (現在の愛宕・西新橋付近)から西久保(現在の虎ノ門付近)あたりです。 旧地は入江の浜で、漁人が多く住んでいたので猟人村と呼ばれていました。 元和(1615~1624) のころ御用地となったので、麻布領のうちに引き移り、村名を竜土と改めたといいますが確かではありません。 後に百姓町屋となり町名を麻布竜土町というようになりました。

別説
六本木天祖神社は、至徳元年(1384)芝西久保の飯倉城山に創建されたと伝えられる。毎夜、品川沖から龍が燈明を献じたため、龍燈山と呼ばれるようになった。これが転じて龍土村の名が起こり、当社も龍土神明宮と呼ばれるようになった。

 

歴史

1878年明治11年)11月2日
大区小区制廃止、郡区町村編制法施行により、東京府麻布区が置かれる。

1889年(明治22年)5月1日
 市制施行により、東京府東京市麻布区となる。

1943年(昭和18年)7月1日
 東京都制施行により、東京都麻布区となる。

1947年(昭和22年)3月15日
 芝区、麻布区および赤坂区の区域をもって港区が発足。同時に旧区域の町名に「麻布」の冠称がつけられる。

1967年(昭和42年)7月1日
住居表示の実施により、現行の六本木七丁目に編入となり消滅。

 

この廃屋は、元「大八ラーメン」。

フェンスに覆われていたが、まだ解体されていなかった。

1970年営業開始、1999年1月30日に閉店。

カウンター10席のみのこじんまりした店だったようだ。