久しぶりに熊谷市を再訪した。
今までは南口から探索を開始していたのだが、今回は北口から探索を始めた。
記憶にはないが、この辺りは探索したことがないようだ。
探索を開始して、それほど経たないうちに変わった表札を発見した。
「宮前町」は現存している町名だが、なぜかその前に「荒川区」がついている。
埼玉県では「区」を設置しているのはさいたま市だけのはずだ。
熊谷市は「区」を設置していたことがあったのか?
と思ったが、そういうことでないことがわかった。
発見日 2022年11月1日
熊谷市には「町区名」というものがあるらしい。
熊谷うちわ祭では、山車・屋台を参加町区名で呼ぶそうだ。たとえば、「筑波の山車」、「仲町の山車」、「石原の屋台」、「伊勢町の屋台」等だ。
現在使用されている「町区名」を調べてみたところ、以下のようになっている。
左が「町区名」、右が「現町名」
・第壱本町区(通称:本壱弐) ≒ 本町一丁目
・第貳本町区(通称:本三四) ≒ 本町二丁目
・筑波区 = 筑波
・銀座区 = 銀座
・彌生町区 ≠ 弥生
・荒川区 ≠ 該当する町名なし
・鎌倉区 ≠ 鎌倉町
・仲町区 = 仲町
・伊勢町区 = 伊勢町
・櫻町区 = 桜町
・本石区 = 本石
・石原区 = 石原
町区名は基本的に町名と同じものになるはずだが、荒川区だけは、現町名が存在していない。
いつもお世話になっている、Wikipediaで調べてみよう。
明治初期における熊谷駅(熊谷宿)の町名。現存のものも含む。
本町、築波町(現在の筑波)、築波町新地、仲町、鎌倉町、桜町、竹町(現在の鎌倉町の一部)、雁金小路、墨江町(現在の星川1丁目)、泉町、栄町、聖天町
他にも通称の町名などがあった。弁天町(現弥生)や文化町、乙女町(ともに現本石)、元町(現在の星川2丁目)など。
ここには荒川は出てこない。
しかし、荒川公園・荒川中学校・荒川神社等に荒川という名前が残っている。
以前は、線路の南側は、荒川区○○町と呼ばれていたことがあるらしく、現在の熊谷駅~上熊谷駅やや石原駅寄り南側が荒川区の範囲だったようだ。
さらに調べていると以下のことが分かった。
荒川地区は市政施行当時、鎌倉町四丁目に属していたが、区画整理中に町名が決められ、竣工の年、1943年(昭和18年)10月に荒川区と改称したらしい。
これが荒川区の初出のようだ。
しかし、旧荒川区は町名なのだろうか?
「埼玉県の小字」さんには、載っていない。
正式な町名ではなく、通称町名のようなものだろうか?
そもそもの「町区」の成立の歴史について調べてみたが、わからなかった。
熊谷市立荒川中学校
荒川中央商店街
その他の区
町区が12もあることは知らなかったので、通りがかった時に見かけたものだけを撮った。