横浜市内を歩いているといろいろな遺構に遭遇する。
いくつかは事前調査をして見に行くこともあるが、ほとんどが探索中に偶然発見した初見のものだ。
今回紹介するのは、探索中に大通りの歩道から、ふと、横の道を見たところ、突き当りに目に入ったものだ。
発見日 2024年9月28日
こんな姿が目に飛び込んできたら、近くに行ってみないわけにはいかないだろう。
正面
右側面
左側面
金具
裏側
コンクリートで補強されていて、ちょっとがっかり。
仕方ないのだろうけれど。
説明板
旧横浜居留地九十一番地塀
構 造 棟瓦造 腰部石造
及び規模 高さ一七〇㎝、厚さ石部分三〇㎝ 煉瓦部分一八・五㎝
総延長 三五六㎝
所在地 中区山下町九一番地
指 定 平成十年一一月一日
山下町九十一番地は、横浜居留地九十一番地をそのまま踏襲しており、 当初の居留地の南端部に位置します。
明治三年(一八七〇)から明治五年(一八七二)までと、明治十二年(一八七九)から昭和四十年(一九六五)までの通算九〇年弱の間、イ タリア系蚕種・生糸輸出商社デロ一口商会の所在地でした。創業者のデローロ (G.O.Dell'Oro)はミラノの出身で、明治元年(一八六八)来日して開業しており、主として蚕種を扱いました。最も古くから存在し、 最も長く在続した横浜の外国商社の一つです。
この塀は、煉瓦と石で出来ており、 石造の腰壁部分の上に棟瓦壁が載る旧居留地の構築物の特色を色濃くとどめており、また旧居留地の建物の外構の姿を示す唯一の遺構です。
また、敷地内からは、小管集治監製と思われる刻印を持つ明治初期の煉瓦が多数発見され、明治以来の歴史を持つことを語っており、かつての居留地の町並みを想起させる貴重な存在です。
平成十四年九月
横浜市教育委員会
丸ごと残っている近代建築も好きだが、このようにイチ部分だけ残っている遺構にも惹かれる。
これは文化財に指定されているが、指定されていないものにもいくつか出会った。その中にはGoogleマップにも載っていないものもある。このような指定されていない控えめな遺構も紹介していければと思っている。