歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧千代田区立今川中学校周辺に平賀源内が住んでいたことがあったらしい。

以前下記の記事で旧千代田区立今川中学校の「ぶどう園」他を紹介したことがある。

citywalk2020.hatenablog.com


2025年2月1日、近くを通ると、「平賀源内居住跡」の説明板が新たに設置されていた。

大河ドラマが始まってから、設置されたものと思われるので、今年になってから、設置されたものだろう。

まだ、千代田区観光協会のホームページにも掲載されていないし、ネットでも紹介されていないようだ。

平賀源内(享保13年(1728)~安永8年(1779))は、エレキテル(摩擦静電気発生装置) の復原、量程器(万歩計の元)、磁針器(方角を測る道具)などの発明をしたことで有名であるが、その他にも戯作者として活躍し、西洋画や源内焼を広めたり、本草学者として神田や湯島で薬品会を開催した。源内は、福内鬼外のペンネームで浄瑠璃作家としても人気を博しており、大河ドラマ 「べらぼう∼蔦重栄華乃夢囃~」の主人公、蔦屋重三郎版の『吉原細見』(江戸吉原のガイドブック)に序文を寄せたことでも話題を呼んだ。 
また、諸説あるが源内はうなぎ屋の依頼により、土用の丑の日にうなぎを食すという、 日本最古のキャッチコピーを考えたと言われている。
老中田沼意次の援助を受け、長崎へ遊学をしたとされる源内は、湯島聖堂昌平坂学問所儒学も学んでおり、この地の周辺、神田白壁町(不動新道)、神田大和町や神田橋本町に住んでいた。

平賀源内像



地図



2025年5月8日追記

facebookからのアクセスが急増していたので、どの記事にアクセスされているのかと調べてみたところ、この記事だった。

千代田区観光協会がプレスリリースした下記のふたつの記事で、この案内板のことが書かれていた。

digitalpr.jp

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