歩・探・見・感

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建設省の名がある謎の「芳野台」の石の標柱

2025年1月25日、西東京市(旧保谷市)に残る旧町名の名を遺す公園巡りをしていた。

あらやしき公園

あらやしき公園造成感謝碑

この公園は、保谷市保谷の、高橋敬一・富美御兄弟のご厚意により、保谷氏に平成11年3月24日に寄贈されたもので、そのご厚意に報い、この場所に一体化した自転車駐輪場および緑化公園を造成いたしました。
保谷市は、高橋家のご厚意に感謝し、本公園が市民の皆様のくつろぎと憩いの場として、末永く利用に供されることを願い、ここに寄贈者に感謝の心をこめて碑を建てます。

平成12年12月 保谷市

坊が谷戸公園

案内板がいくつも設置されていた。

実際の公園名は「北町坊が谷戸公園」だった。

着くとタイミングが悪いことにブランコに乗っている親子連れがおり、中々どかなかったので、周辺探索していると、途中その親子と出会い、誰もいなくなっていた公園をようやく撮ることができた。

現状、残念ながら、ふたつの公園名に残る旧町名の痕跡は発見できていないが、別な旧町名の痕跡を撮り残してしまったのが2枚あり、宿題を残してしまった。

1枚目はフルバージョンでなく、ビビったこともあり、撮り損ねてしまった。2枚目は、レアっぽいものを見つけたのだが、その目の前でこのくそ寒い中、塀にもたれかかるように腰を下ろし、「女の子は結婚願望が強いから。」なんて知ったかぶりバカ電話をしている若者が邪魔で、撮り損ねた。

公園巡りの帰りに、キニナル石の標柱が目についた。



「昭和丗年一月三日 建設省」と刻まれていた。

「昭和丗年」は「昭和三十年(1955年)」なので、戦前の物ではないようだ。

正面に回ると「芳野台」と刻まれていた。

「芳野台」?

ここは西東京市北町一丁目付近、平地で台と名が付くほどの所ではない。

これについて調べてみたが、書かれたものが見つからないので、2025年に70年振りの発見!

と言うほど大げさなものではないだろうが、日の目を当たらせることが出来たかもしれない。

それこそ当ブログの真骨頂!

自画自賛

宅地開発で設置されたものなのかもしれないかとも思ったが、建設省が係るわけないし、何者なのかよくわからない。

更に進むと、大き目なコンクリート製のごみ箱があった。

たまに見かけるこのコンクリート製のごみ箱。いつも思うのだが、こんな重いものどうやって設置したのだろう?

この道の出入口付近にあった保谷市時代の看板