歩・探・見・感

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旧町名「文京区駒込曙町」

以前発見していたのだが、まだ紹介していなかったものがあったので、今回はそれらを紹介することにしよう。

①発見日  2021年2月20日
 発見場所 東京都文京区駒込一丁目

約4年後の2025年2月13日、たまたま通った道で再会することになる。

発見済だったことはすっかり忘れていた。

文字がかなり薄くなっていたが、何とか読むことが出来る。

「文京区駒込曙町」が正しいはずだが、「文京区曙町」と書かれていた。

②発見日  2021年5月8日

 発見場所 東京都文京区駒込二丁目



旧町名案内


もと駒込村の内であった。慶長18年(1613)以来、古河藩主(8万石)土井家の下屋敷であった。
南側の中山道(現・17号線)の一部を俗に鶏声が窪と呼んだ。名称は鶏声の井の伝説からとられた。
明治2年、鶏声が窪の鶏声にちなみ、鶏声暁に告ぐから曙町と名づけられた。
むかし、土井大炊頭利勝の屋敷のあたりで、 夜ごとに鶏の声がした。あやしんでその声のする所をたずねると、利勝の屋敷の内に声がする。掘ってみると金銀の鶏が出た。それで鶏声が窪と名づけられた。(『江戸砂子』)

簡易版の旧町名案内

慶長18年(1613)以来、古河藩主土井家の下屋敷があった。鶏声の井の伝説があり、南側の中山道(17号線)の一部を俗に鶏声が窪と呼んだ。 これにちなんで、鶏声暁に告ぐ(鶏が鳴いて夜がほのぼのとあける)から、明治2年曙町と命名された。
『江戸砂子』に、夜ごとに鶏の声がしたので、あやしんで声のする所を掘ると、金銀の鶏が出たとある。

曙町會舘



マンション「グランシャトレ駒込曙町」