先週の月曜日(2025年2月17日)探索を終え、家の近くの道を急いで渡ろうと思いダッシュしたところ、左足のふくらはぎから「ブチッ」という音が聞こえた。
イテテ!!
家はすぐそばだったが、びっこを引きながらだったので、時間がかってしまった。
「びっこを引く」は差別用語にもなるらしいので、言い直そう。
家はすぐそばだったが、左足を引きずって歩いていたので、時間がかってしまった。
肉離れか?
手首や足首の捻挫をやってしまったことはあったが、たぶん肉離れは初めてだ。
翌日、一番近くにある整形外科へ痛い足を引きずりながら、普段の2倍以上かかって行く。
診察の結果、やはり、肉離れだった。
自分のふくらはぎに合わせたギプスを作ってもらい、包帯で巻いてもらった。
ギブス、ギプス、どっちだ?
調べたら、ギプスだった。
歩くと痛みがあるが、車は運転できる。
1週間は買い物や送迎以外はほとんど家の中にいて、探索は控えていた。
月に1回の遠征日の2025年2月25日、最初は無理をせずに都内を探索しようと思っていたのだが、ようやく普通に歩いても痛みがなくなってきたので、足がむずむずしてきてしまった。
そこで、まだ、出会えていない琺瑯町名看板に会いに行くことにした。
それは小田急江ノ島線の鵠沼海岸駅付近にあることは、ストビューで確認していた。
現存しているのだろうか?
そこから、小田急江ノ島線に乗り換えるのだが、ホームまで少し距離がある。
用心しながら、改札へ向かう階段を降りる。
改札に入り、時計と案内板を見ると、乗る予定の電車の発車間際になっていた。
急がなければと思い、駆けだそうとすると、痛みが走った。
まだ、治ってはいなかったのだ。
大丈夫か?
鵠沼海岸駅は二つ目、短い間だが、電車の中で、足を休める。
駅に着いた。
歩けそうだ。
駅を出て、探索開始!
普段より歩くペースをかなり落とし、遅めに歩いて、目的地へ向かう。
あった!
生き残っていた。
それは民家横にそびえている木製電柱に付いていた。


上部を見ると、現役の勇姿。

東京電力のプレート

書かれている上岡は鵠沼の小字だった。
目的の琺瑯町名看板は木製電柱に巻き付いていた。


緑色のものは苔だろうか?
意味が分からない落書きがされていた。


海に近いからか、劣化が進んでいた。
鵠沼の文字をはっきり確認したいのだが、木の枝が邪魔で、うまく写真に撮れない。


木の枝を避けて、どうにか確認できた。

少し入り込んだ所にあるので、今まで撤去されずに、木製電柱が残っていて、それに巻き付いている琺瑯町名看板も残っているのだろう。
この琺瑯町名看板は木製電柱と運命共同体となっていると言えるだろう。
この日は、これを見つけた後は、特に予定もなく、辻堂駅まで歩いてから帰ろうと思い歩いていたのだが、辻堂駅に向かう途中に気になるものが見つかり、いろいろ歩いていたら、いつもと同じような歩数になってしまっていた。
総歩数 25,731歩