以前撮った写真を見ていたら、「荏原郡玉川」と刻まれている石標があった。
全く記憶にないし、調べてみたが、これについて書かれているものも見つからなかった。
発見日 2021年5月10日
発見場所 東京都世田谷区等々力五丁目(尾山台駅付近の等々力通り沿いの駐車場)

何か文字か刻まれているのなら、全部の面を撮るのが常識だが、当時の自分は興味がなかったのか、正面しか撮っていなかったようだ。ストビューで確認したところ、右側面には「右 等々力」、左側面には「左 九品仏」と刻まれていた。
「荏原郡玉川」の下は、埋もれてしまっていて見えないが、「村」なのかもしれない。
1889年(明治22年)5月1日
町村制の施行に伴い、尾山村、奥沢村、等々力村、用賀村、野良田村。上野毛村の全域と、以下の3村の各一部を合併して発足(カッコ内は残部の編入先)。
瀬田村(世田ヶ谷村)
下野毛村(駒沢村)
衾村(碑衾町)
下沼部村(調布村)
深沢村(駒沢町)
1932年(昭和7年)10月1日
荏原郡全域が東京市に編入され、玉川村の区域に世田谷区を設置。旧村域内の町名にはすべて「玉川」を冠した(玉川町を除く)。
となっている。
なぜ等々力村だったと思われるここに玉川村と思われるものがあるのかは謎である。