歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名「小田原市緑町」

まだサラリーマンだった頃、平日だが、ある理由で、小田原市を探索したことがある。その時の記憶は、小田原城報徳二宮神社を訪れたことくらいしかない。その頃は、今ブログで書いていることには全く関心がなかった。時が経つと変わるものだ。

国府津駅に着いた時には、電車が来ていて、乗り遅れた。次の電車まで、少し時間があった。仕方ないので、ホームで待つことにする。そうしたら、なんと電車が遅れてきた上に普段は快速が止まらない次の駅鴨宮にも止まり(自動放送では止まらないと言っていたのだが、駅員の放送では止まると訂正していた)、少し予定より遅く着くことになる。数分の違いなので全然問題ないが。

駅に着いた。

さてどうするか。

事前調査では、町名看板はすべて消滅していた。

ノープランだ。

とりあえず、観光案内所によってパンプレットをもらうことにした。

しかし、地図は見ないで、足の向くまま、気の向くまま歩くことにした。

歩いていると特に当てなどないのだが、古い建物に呼ばれているように吸い寄せられる。そんな探索の中で、発見したものや気になったものがいくつかあったので、何回かに分けて紹介していくことにしよう。

小田原市にも当たり前だが、旧町名が存在していた。

緑町の存在は下記の記事で触れていたが、実物を拝めるとは、びっくりぽん。

citywalk2020.hatenablog.com


発見日  2025年3月25日

発見場所 神奈川県小田原市栄町

1889年(明治22年)4月1日
町村制の施行により、小田原駅幸町、小田原駅万年町、小田原駅新玉町、小田原駅緑町、小田原駅十字町の区域をもって小田原町が成立。旧町はそれぞれ幸町、緑町、大字万年、大字新玉、大字十字の2町3大字となる。

1940年(昭和15年)12月20日
足柄町、大窪村、早川村および酒匂村の一部(大字網一色、山王原)と合併して小田原市が発足。同日小田原町廃止。2町3大字はそれぞれ幸一 - 四丁目、緑一 - 四丁目、万年一 - 四丁目、新玉一 - 四丁目、十字一 - 四丁目となる。

1966年(昭和41年)4月1日
住居表示実施により、緑1・4丁目から栄町1丁目、緑1・2・4丁目から栄町2丁目、緑2・3丁目から栄町3丁目が成立する。

緑町駅

歴史

1935年(昭和10年
6月14日:新小田原 - 相模広小路間に開業。
6月16日:小田原 - 緑町間開業。新小田原 - 緑町間廃止。