長浜市観光のついでに見つけることができた旧町名の痕跡はひとつだけだった。
発見日 2025年4月8日


下船町(現朝日町)

天正年間~明治12年までの町名。豊臣秀吉公の城下町造営により成立。 船持ちや船乗りが多く住んでいた事に由来する。江戸期は瀬田村領年貢地。元禄8年の家数34人口190。明治12年大安寺町と合併し南船町となる
船運で栄えた町 下船町

江戸時代の長浜を構成した五十二町の一つ。
北国街道に沿いの両側町て、北は大安寺町を介して北船町と接し、南は稲荷町へ続く。西の小船町へ出る道を「六軒町」という。町の西側を流れる米川には船が入り、川岸は荷揚げ場となり蔵が並んでいた。元禄八年(一六九五)の記録では、家数三十四軒、男百二人、 女八十八人が居住していた。
歴史
1889年(明治22年)4月1日
町村制の施行により、長浜町(長浜御堂前町・長浜伊部町・長浜相生町・長浜三ツ矢町・長浜神戸町・長浜郡上町・長浜北呉服町・長浜西魚屋町・長浜南呉服町・長浜祝町・長浜大手町・長浜東本町・長浜宮町・長浜横町・長浜西本町・長浜錦町・長浜神前町・長浜米川町・長浜南片町・長浜片町・長浜高田町・長浜北門前町・長浜八幡町・長浜田町・長浜永保町・長浜北船町・長浜南船町・長浜船山町・長浜栄船町)の区域をもって発足。
1943年(昭和18年)4月1日
神照村・六荘村・南郷里村・北郷里村・西黒田村・神田村と合併して長浜市が発足。同日長浜町廃止。