2025年5月12日、根岸駅周辺を探索後、磯子駅方面へ向かう。
その途中、16号線沿いでレトロ電柱を発見!
いかにも自分が発見したように書いてしまったが、目撃情報があったものだ。


既に現役ではないようだ。
上部の装飾

サビサビだ。
プレートは取り外されていた。

何と書いてあったのだろう?
花街関係のものだろうか?
下部

いいよねぇ、この特徴的な形。
この部分は空洞になっているものが多いが、まだ部品が残っていた。

付いていた電力プレート

"街"のよく見かける奴。
次に紹介するのは、目撃情報がなかったもの。
周辺に他にもないかなと探していたら、モジャハウスにあった。

先に見つけたものと同じ装飾。

こちらの方が状態がいい感じ。
下部

枯れ枝が付いているところを見ると、夏までに葉っぱに覆われて、このレトロ電柱は見えなくなってしまうかもしれない。
磯子に花街があったことを示す痕跡の一部は「八幡神社」にあるらしい。

所在地 神奈川県横浜市磯子区原町10-9
本殿の左側にある「昭和天皇御大典記念碑」
正面

一番上に球体が置かれ、溶岩と石碑が組み合わされている。
裏側

右側面

これらの石碑の中に痕跡が刻まれていた。

磯子 二業組合
藝妓組合
もうひとつの石碑

薄くて見えにくいが、
磯子二業組合有志
磯子芸妓屋組合有志
磯子二業組合長 葦名金之助
株式会社磯子見番内
と刻まれているのが見える。
他にもこのような痕跡が残っているようなのだが、また別な機会に探してみることにしよう。
記念碑の上に載っている錆びた球体が気になった方もいるだろう。
調べてみよう。
次の3つの説があるらしい。
①海に浮かべるブイ(浮標)
②戦争で使われた機雷
③染めを施した絹織物を洗うのに使う洗濯機
どれも天皇とは関係ありそうもない。
そして、かつては球の上に鳥の像があったらしいのだが、1950年(昭和25年)頃に盗まれてしまったらしい。
これについて書かれている書物があるようで、
「磯子の史話」(磯子区制五〇周年記念事業委員会)
昭和の代になり、五年六月には、御大典記念碑が建ちました。
「磯子のれきし」(磯子小学校百年祭実行委員会)
漁師の人たちが奉納した大きなブイ(浮標)が石塔の上にのせられています。
と書かれているとのこと。
ということで、1930年5月に建てられ、謎の球体はブイ(浮標)らしいことがわかった。
しかし、ブイを奉納した理由は分からずじまい。