歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

かつて入間市に存在していた「西武町」の痕跡を探す。

調べていたら、仏子駅付近にかつて「西武町」があったらしいことを知る。

歴史

1889年(明治22年)4月1日
町村制施行により、小谷田村、新久村が合併し入間郡東金子村(ひがしかねこむら)が成立する。

1954年(昭和29年)4月1日
前年施行された町村合併促進法により、飯能市の一部(野田、仏子、新光の一部)を編入、町制施行、即日改称し西武町となる。 町役場を大字仏子に設置。町名は旧・武蔵国の西部にあたることによる。

1956年(昭和31年)9月30日
町の一部(旧・東金子村)が豊岡町、金子村、宮寺村、藤沢村と合併し武蔵町を新設する。

1967年(昭和42年)4月1日
入間市編入する。

入間市になったのが、約60年前。

まだ痕跡が残っている可能性がある。

まだ降りたことがない駅だったということもあり、痕跡を探しに行ってみることにした。


地図に載っている「西武」が付いているものを探す。

その途中で「西武町」時代の表札が見つかるかもしれない。

入間市立西武中学校

入間市立西武小学校

入間市立西武中央保育所

西武交番

「西武」が付いているものはいくつか見つけることが出来たが、「西武町」時代の表札は発見することが出来なかった。残念、無念。

入間市西武地区センター

入間市西武地区センターの中に「西武町」と刻まれている石碑があることに気が付いた。

今回唯一発見できた「西武町」時代の痕跡だった。

これに関しての説明板はなかった。

横に並んでいた「元加治村中橋の道路改築工事費寄附連名」の石碑

正面

裏面

この石碑は、中橋の竣工記念碑であり、西武小学校校庭から西武公民館敷地に移され、しばらくの間公民館入口の右手に横たわっていたものである。
平成30年7月及び平成31年2月に、「西武わが街研究会」にこの石碑の調査を依頼したところ、石碑表面には「元加治村中橋の道路改築工事費寄附連名」と横書きで彫られ、その下に縦書きで中橋建設時の寄付者氏名178名とその金額が刻まれていた。最初の95名が豊岡町、東金子村、所沢町、飯能町、その他近隣の村の方々と思われる。その次に、元加治村の大口の寄付者が83名、金額とともに記載されている。最後に、178名の寄付者のほかに、金533円27銭、395人と彫られている。
元加治村以外の方々の寄付が多いのも、当時この橋を多くの方が往来していた重要な路線の一部であったことが伺える。
裏面には「橋梁明治40年3月竣工 道路明治41年6月竣工」と縦書きに彫られている。
西武小学校に置かれていたことや西武公民館に移された経緯等、詳細は不明だが、先人の残した貴重な遺産として、ここに建立することとしたものである。
なお、石碑建立にあたり安全確保のため、以下の方々のお名前が判読しづらくなったことをお詫び申し上げます。

高权傅蔵、増田由平、宮臣武丸、新井庄五朗、大室政吉、西久保竜蔵、宮岡來三郎、宮澤常太郎、金澤勇蔵、 平岡親次郎、平岡花吉、平岡佐十郎、平岡鶴吉、浅見丹三郎、浅見安太郎、浅見伴次郎、浅見源太郎、浅見馬蔵

令和2年12月 西武公民館

結構最近設置された説明板だった。