歩・探・見・感

歩・探・見・感

ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

台田の杜切通しを抜けたところに木製電柱が立っていた。

2025年4月17日探索中にオオムラサキと大きく書かれた看板に目を奪われた。

見れるのかな?

まだまだ早かった。



ここは伊藤記念公園 台田の杜という公園だった。

住所 東京都清瀬市中里六丁目66番地ほか

この代田の杜は、約一万九千平方米の広さを有し、この地に先祖代々から生活していた伊藤家の長女ヨシさんが平成十七年に清瀬市に寄贈した公園です。
 伊藤ヨシさんは、清瀬市みどりのモニターなどをし、植物には大変造詣が深く、この地で、晴耕雨読の傍ら、維木林や花を愛し、さらには絵画や短歌を詠むなど悠々自適の生活を送ってきました。
 この雑木林をできるだけこのままの状態で保全してほしいという達っての要望に従い、散策路等一部の整備を行い市民の皆さんに親しんていただくものです。

平成二十年十二月

清瀬市

伊藤ヨシ像

江戸時代より この地は「台田(だいた)と呼ばれ 肥沃な大地が広がっていたこ
とで 我々の祖先は早くから田畑を開いて豊かな集落を造ってきた。
この胸像に在る 故伊藤ヨシ氏は 台田の地に江戸時代元禄期から
続く清瀬でも代表的な篤農家の長女として大正六年四月五日に生を
受け 農業を生業として営んできた。
草木の一枝にも歓喜し また哀愁を覚える豊かな心をもち こよな
く自然を愛でて絵画や短歌にも勤しむなか いつしかヨシ氏は若き
日の台田のよすがを後世の市民に伝え 今ある姿も護り続けること
を願うようになった。
ヨシ氏は 清瀬市へ 平成十七年に台田の杜をはじめ一万九千㎡、
平成十九年には四千二百㎡余の土地を寄贈し 平成二十七年六月十
五日のヨシ氏逝去以後は更に一万㎡余を遺贈して市民恒久の財産と
して継承させた。
この胸像は故伊藤ヨシ氏の遺徳を永く後世に伝えるため ヨシ氏の
生家のあったこの地に建立したものである。

平成二十九年七月吉日           

清瀬市

台田の杜 切通

この切通しは、崖線緑地に残された貴重な景観を形成したものとなっております。

切通を抜けると、細い木製電柱が立っていた。

現役で頑張っているようだ。

切通し方面

これで萌えるのは自分くらいかもしれない。

この記事の投稿日は2025年6月1日。まもなく、オオムラサキ公開日だ。