発見日 2020年11月12日
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歴史
1868年(明治元年)6月17日
廃藩置県により神奈川府を設置。神奈川府久良岐郡杉田村となる。
1868年(明治元年)9月1日
神奈川府が神奈川県となり、神奈川久良岐郡杉田村となる。
1889年(明治22年)4月1日
杉田村、森中原村、磯子村、滝頭村、岡村が合併し、久良岐郡屏風浦村大字杉田となる。
1927年(昭和2年)4月1日
屏風浦村が横浜市に編入。横浜市杉田町となる。
1927年(昭和2年)10月1日
区制施行、横浜市磯子区杉田町となる。
1978年(昭和53年)7月17日
杉田町の北半分で住居表示実施、杉田一-五丁目となる。
1979年(昭和54年)7月23日
杉田町の南側で住居表示実施、杉田六-九丁目となる。
1988年(昭和63年)11月21日
杉田町の残部で住居表示実施、杉田坪呑(つぼのみ)となる。これにより杉田町は消滅。
※杉田坪呑
旧町名の「杉田」と、まちの大部分を占めた字名「坪呑」を合わせた名称が付けられた。
「坪(つぼ)」とは、「条里制(じょうりせい)」という古代の土地区画制度の単位の一つで、1町四方の区画が1坪だった。その制度に則って“坪付け”が行われたところ、杉田村の中に、ほとんど池で占められた坪が出てきたそうだ。、それがまるで、「(池に)坪が呑まれている」ようだったことから、「坪呑(つぼのみ)」という地名が生まれたと考えられている。