歩・探・見・感

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「板橋區」時代のものと思われる町会会員プレート『東大泉町中村町』

2025年6月7日、探索を終え、大泉学園駅に向かう途中、玄関付近に付けられている青いプレートが目に入った。

近寄って撮りたかったのだが、びびってしまい、道路からしか撮れなかったこの日。

小さい文字だが、"中村町"と読める。

上に書かれている文字が確認したい、再訪を決意する。

2025年6月9日再訪して、近くに寄って撮影する。

上に右書きで"東大泉町"、はっきり"中村町"と書かれているの確認できた。

上にあるプレートは何のプレートかわからないが、右書きで"大泉"と書かれていた。

右書きなので、戦前の板橋区時代ものかもしれない。

ここは東大泉だ。

中村町は現在中村1~3丁目になっていて、ここから随分離れた所にあるのに、なぜここに中村町があるんだ?

ねりまの地名今むかし > 旧地名8<上土支田村 かみどしだむら>に下記の記載があった。
「明治時代の小字は九つある。甫村の妙延寺付近は中村に、北野神社辺りは宮本と呼ぶようになった。」

そのほかの小字は、井頭、下屋敷、外山、久保、原前、三丁目、前原。

今昔マップ 1927~1939年

武蔵野鉄道(現西武池袋線)の上の方に"中村"と書かれていた。

「関東小字地図」より

こんな素晴らしい地図があることを初めて知った。

歴史
1889年(明治22年)4月1日
町村制施行に伴い、明治の大合併が発生。上石神井村、下石神井村、関村、上土支田村、谷原村、田中村(飛地:田中新田)、竹下新田村の7村を合併し、北豊島郡石神井村が誕生。上土支田村は石神井村の大字となった。
石神井村大字上土支田

1891年(明治24年
大字上土支田は北豊島郡大泉村編入され、同村の大字となった。
大泉村大字上土支田

1932年(昭和7年)10月1日
大泉村は、石神井村・上練馬村・板橋町・上板橋村・志村・赤塚村・練馬町・中新井村とともに東京市編入され板橋区の一部となる。
板橋区大泉町

1947年(昭和22年)8月1日
旧・練馬町、上練馬村、中新井村、石神井村、大泉村のほぼ全域及び小竹町(旧・上板橋村大字上板橋字小竹)、江古田町(旧・上板橋村大字上板橋字江古田、現・旭丘)を練馬区として分区。
練馬区大泉町

町会は東大泉中村町と名を変え、残っていた。