2025年5月29日、次の目的地に向かうため、県道28号本町山中線を歩いていると、逸見駅を越え、国道16号線と交差する辺りに出桁造りの建物がいくつかあることに気が付いた。出桁造りの建物は横須賀市でいくつか出会っているが、ファサードが改修されていて、当時の面影があるものがほとんどない。
そんな中、プレートがいくつか残る元商家らしい出桁造りの建物があった。

その建物に待望のものが付いていた。

残念ながら、旧町名のものではなかった。
「東逸町」?
「東逸見町」が正しいはずだが、"見"が抜けている。
"逸見"は"いつみ"と読むのかな?
違った。
"へみ"だった。
読めへん、ばってん。
歴史
明治22年
横須賀町の大字となる。
昭和24年
一部が汐入町1丁目~5丁目、坂本町1丁目~6丁目となる。
昭和25年
一部が東逸見町1丁目~4丁目、西逸見町1丁目~3丁目、吉倉町1丁目~2丁目、山中町となる。
昭和27年
一部が長浦町3丁目となる。
由来
・逸見村だったこの地域は、谷戸の奥まで海が入り込むような地形だったことから、海辺の地形から起こった。
・鎌倉期の健保の乱に登場する逸見二郎の領地であったということから。
・アイヌ語では山から海を見下ろすことを「ハエ・ムイ」と言い、次第に幅広く傾いた丘のことを指すようになっていった。この「ハエ・ムイ」が「ヘミ」や「ヘンミ」になったとする説もある。
別な場所でも営業中の店舗で旧番地が書かれていると思われる塩小売店の琺瑯看板を見かけた。店の中には人がおらず、それを幸いにと、撮ろうと思うと人通りが・・・、先を急いでいたこともあり、あきらめることにした。