滝坂道という名称は後で知ることになるのだが、この日(2025年3月18日)は道玄坂から裏渋谷通りを進む。

この通りに表面が摩耗していてマニア以外は誰も気が付かないと思われる蓋があった。

渋谷町水道時代のものとのこと。

歴史
1889年(明治22年)
町村制施行により南豊島郡渋谷村が誕生。
1909年(明治42年)
町制施行、渋谷町となる。
1923年(大正12年)
渋谷町水道、給水開始。
1932年(昭和7年)
東京市へ編入され、渋谷区の一部となる。
続いて、"新榮會"と書かれている旗竿ボックスの存在をネットで知る。
大体の場所は書かれていたので、ストリートビューで確認してみると、最新が2022年10月となっていたが、確認することが出来た。
残っているだろうか?
2025年6月10日、雨が降る中、道路にある小さなものを探しに赴いた。
旧山手通りの神泉駅交差点を左折したところにそれはあった。
発見場所 東京都渋谷区神泉町

右書きで、「新榮會」と書かれている。水に濡れているからか、文字がはっきりしない。車が通るので、摩耗が進んでいるのかもしれない。
この辺りの町会は神泉・円山親栄会とのこと。"親"と"新"、文字が違うが、以前は、「新榮會」だったのかも。
旧山手通り方面

坂の上方面

坂を登ったところに、古い蓋があったような形跡があった。

以前はどんな蓋があったのだろうか?
2025年7月8日猛暑日の晴れた日、再訪した。

直射日光を浴びている姿。

日傘で日陰にする。

日向の方がくっきり見える。
神泉駅交差点から渋谷駅方面へ向かうと、道玄坂に突き当たる。

交差する辺りに滝坂道と書かれた標柱が立っていた。

前回通った時は、気が付かなかった。
令和六年と書かれており、最近設置されたもののようだ。

滝坂道(甲州街道出道)は、かつての大山道が道玄坂から分岐をし、武蔵国府のあった府中に向かっていた古道で、その起源は江戸幕府が開府する前からと考えられています。滝坂道は、目黒区北部を通り、世田谷区を横断して、調布市で甲州街道と合流します。名称の由来は、甲州街道の滝坂で合流することから滝坂道と呼ばれたようです。現在は、裏渋谷通りの愛称で親しまれています。