歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

下野薬師寺に植えられている"金魚葉椿"に"梵天葉"を見つける。

JR宇都宮線自治医大駅を降り、徒歩で下野薬師寺へ向かう。

寺院の跡だけと思っていたが、寺院が建てられていた。

国指定史跡 日本三大東戒壇 下野薬師寺

下野薬師寺天武天皇白鳳八(六八〇)年に皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈念して建立されました。天平宝字五(七六一)年に戒壇院が置かれると、奈良東大寺、筑紫観世音寺とともに日本三戒壇といわれ、坂東十か国の僧侶となる人は下野薬師寺で修業を積み受戒しなければならない定めになっていました。暦応二(一三三九)年、足利尊氏は国ごとに安国寺を建てましたが、下野国では新たに寺院を設けることなく下野薬師寺の寺名を安国寺に改称しました。
元亀元(一五七〇)年、小田原の北条氏政・氏直父子と下妻の多賀谷氏との戦いがあり、この時の兵火により七堂伽藍をはじめすべての堂宇が焼失しました。 
平成二十九年より「本堂」・「山門」・「庫裏」の改修、それに「本尊・諸仏菩薩」の修復を行いました。これを機に平成三十年に、寺名を創建当時の下野薬師寺に戻しました。
この事業を記念して鑑真大和上の宝塔を建て、奈良唐招提寺よりいただいた「大和上御廟の霊土」と「金堂薬師如来基壇の霊土」、また宝塔の横には大和上ゆかりの聖樹「瓊花」を植樹しました。令和二年より戒壇堂の修理にかかり、令和三年には鑑真大和上像、それに丈六釈迦如来坐像の開眼法要を行いました。令和五年には本房の山容整備を行い、本尊のお身代わりとして「撫で仏・薬師如来」を安置しました。
なお、大正十年三月三日、下野薬師寺跡全寺域が国の史跡に指定されました。
昭和四十一年より史跡の発掘調査が進められ、出土した資料は「下野薬師寺歴史館」で公開展示されています。

別な場所に、上の説明板と内容が微妙に異なる説明板があった。

国指定史跡 日本三大戒壇 下野薬師寺

令和五年の事は書かれていないので、令和三年に設置したものと思われる。

寺標の裏に植えられていた「金魚葉椿」

葉先が魚の尾びれのような形をしている珍しい椿です。
数百枚に一枚、尾びれがくびれて主脈だけで、結ばれた葉を見ることができます。
梵天葉といいます。

梵天葉を見つけて願い事をすると「願いが結ばれる」と言われています。
春三月ごろ、白い花を咲かせます。

梵天葉はあるのかな?



この枝にあるらしい。

あった!

葉っぱを探してみると結構あった。

なぜこんな形をしているのだろう?

調べてみよう。

これは【飛び葉】と言って、、葉の表側の性質を司る遺伝子が過剰に働いてしまう変異体で、葉の裏側から飛び葉を作るのだそうだ。
『クロトンノキ、ツバキ、シラカシシロイヌナズナ』などの被子植物に見られるそう。

不思議な現象だ。

撮影日  2025年7月3日

撮影場所 栃木県下野市薬師寺1737