歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名「土浦市匂町」

数年前、観光の帰り、時間があったので、土浦市は看板建築で有名だということで車で市内を走りながら、見学したことがある。
その時は、ざっとしか見れなかったので、じっくり自分の足で探索したくなった。
ようやくその時が訪れた。
自分は、まだ旧町名探索の未開拓地だと思われる土浦市で、建物探索と共に、旧町名の痕跡を発見することにも力を入れることにした。
と言っても、どんな旧町名があるのか、全然わかっていなかった。頼りにしていた今昔マップにも旧町名らしきものは載っていなかった。
なので、現地で自分の足で探すしかない。
猛暑日の中、熱中症にならずに発見することが出来るだろうか?
頼りになるのは、日傘、最近買った空調服、持参した冷たい飲み物だ。

日暮里駅から常磐線に揺られて約1時間。

土浦駅に着いた。

さあ、探索開始!

結構古い建物が残っているのだが、その中に旧町名の痕跡を見つけることはできるだろうか?

発見日  2025年7月25日

発見場所 茨城県土浦市桜町三丁目

たびたび見かけるサビサビの表札。

肝心な町名が読めなかったが、所在地から「匂町」ということが分かった。そうわかると「匂」と読める。

旧町名解説柱「匂町」(撮影日 2025年7月26日)

所在地 茨城県土浦市桜町三丁目13-6(関東信用保証会社前)

大正十一年(1912)阿見霞ヶ浦航空隊が設置されたため、海軍住宅地造成と市内に散在する料理飲食店等を集住させる必要上、造成された新市街地で名称は、本居宣長の和歌から採ったものとされている。

本居宣長の和歌は、
敷島の大和心を人問はば朝日ふ山

この歌から"匂町"の他に"敷島町"、"朝日町"、"小桜町"という新しく誕生した町に名付けられたとされている。

「日本の心を人に尋ねられたら、朝日に映える山桜の花だと答えよう」と言う意味らしいが、戦争中は軍国主義を煽るような意味合いで使われていたようだ。
日露戦争の後、煙草が専売になって、この和歌から「敷島」「大和」「朝日」「山桜」の4銘柄の名前が付けられたり、また、神風特別攻撃隊はいくつかの隊に分かれており、その名は「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」とこの歌から名付けられたものもあった。

下記の「土浦古絵図ぶらりまち歩きマップ」によると、このような"旧町名解説柱"が16あるらしい。
https://www.tsuchiura-kankou.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/panfu_kozu2021.pdf
以前は20あったらしいが、消滅してしまったものもあるようだ。

歴史
1940年(昭和15年)11月3日
新治郡土浦町・真鍋町が新設合併し、土浦市になる

1948年(昭和23年)9月1日
朝日村の一部(沖新田と荒川沖・荒川本郷の各一部)と都和村を編入

1954年(昭和29年)11月1日
上大津村を編入

1972年(昭和47年)11月1日
土浦市1次住居表示整理事業により土浦市の大字無し区域(旧土浦町区域)の一部より桜町一-四丁目が成立した

2006年(平成18年)2月20日
新治村編入

匂橋

桜川に架けられた1962年(昭和37年2月)竣工の人道橋。