下道通りを歩いていると、中島児童遊園に石碑が見えた。石碑があると大体吸い寄せられる。
そこにあったのは「大泉村役場建築記念碑」だった。


練馬区登録史跡 平成二年(一九九〇)二月登録
旧大泉村役場跡


明治二十二年(一八八九)町村制の施行で、埼玉県新座郡に属していた小榑村(現、大泉学園町・西大泉・南大泉)と橋戸村(現、大泉町)は合併して榑橋村となりました。
同二十四年榑橋村は東京府北豊島郡に編入、同時に石神井村大字土支田(現、東大泉)と新倉村長久保(現、大泉学園町)を合して大泉村が成立しました。
村役場は初め、ここから西約二百メートルの本照寺隣接の村長宅に設けられましたが、明治四四年(一九一一)に移転し、大正十一年(一九二二)木造二階建てで新設されました。大正十三年(一九二四)には武蔵野鉄道東大泉駅(現、大泉学園駅)ができ、村発展のきざしがみられる時期でした。大泉村役場建築記念碑には村長はじめ多数の村民の氏名が刻まれ、新しい期待がこめられています。
それから幾年月、板橋区時代、練馬区独立を経て、建物は公共施設などとして利用されてきましたが、昭和五十四年老朽化のため取り壊されました。
令和元年(二〇一九)一〇月

荒野拓夢遥 粒粒皆辛苦
流転甍竝多 白水尚東流
此ノ地武蔵国新座郡小榑村 各村ハ代官米津藩伊賀組分チテ○ス 尾張藩鷹場案内役 高橋氏威風近村ニ聞ユ 一八九一年小榑村 橋戸村及上土支田村と長久保合同して大泉村ト称シ 此処ニ定ム 一九三二年 板橋区ニ編入サレ後練馬区トナル
撮影日 2025年6月9日