相模原市立博物館を訪問する。

自治体が運営する郷土資料館的なもので、今まで行った中では施設や展示物がトップクラスで、とても充実していた。しかも、無料。
常設展の「旧集落と上溝市場」エリアに展示されている看板類

この中に自分が大好物の煙草小賣所の看板があった。

以前下記のふたつの記事で紹介したものと同じタイプのものだった。
今回のものは、旧町名「神奈川縣高座郡上溝町上溝」が書かれていた。
歴史
1889年(明治22年)4月1日
町村制施行のため、高座郡上溝村と田名村の一部(飛地)が合併して高座郡溝村となる。
1926年(大正15年)1月1日
町制を施行し上溝町と改称。
1941年(昭和16年)4月29日
座間町ほか6村と合併して高座郡相模原町となる(座間町は1948年(昭和23年)9月1日に分離)。
1954年(昭和29年)11月20日
相模原町が市制を施行して相模原市となる。
上溝町に関する展示物
上溝の町並み

上溝の町並みと市場
上溝には、生糸・繭などの取引きを目的として、1870(明治3)年に市場が開設されました。明治時代から昭和初期にかけて、養蚕が盛んだった神奈川県北部や多摩地方には、このような市場が各地にありました。上溝の市は、毎月6回、3と7の付く日に開かれ、溝市(ミゾイチ)とも呼ばれていました。
市の日には、糸繭商のほかに、古着商や雑貨商なども各地から集まり、100軒以上に及ぶ露店が出て大変なにぎわいを見せていました。1919(大正8)年には、「市場開設50年記念祭」が盛大に催され、その様子が写真に残されています。
上溝の商家

大正時代の上溝には、すでに150軒ほどの商店が立ち並び、相模原の中心的商業地となっていました。上溝は、生糸・繭市場として発展したことから、 全商店の一割ほどが糸繭に関係していました。
上溝には、蔵造りの商家も何軒かありましたが、多くは木造の商店でした。商家の店先は、客の出入りする土間の部分と、帳場が置かれた畳の部分からできていました。また、商家の敷地は、短冊状となっているものが多く、表通りに面した間口が狭いのに対し、奥行きが長くなっているのが特徴的です。
