歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名「(埼玉県北埼玉郡)川里村屈巣」

最近、埼玉県をおざなりにしていた感があるので、平成になって合併され、未訪問の地をピックアップしてみた。

太字にしたのが、未訪問の旧町村(旧町名の痕跡未発見旧町村を含む)だ。

結構あるね。

行っていないところは、鉄道が通っていないか、遠方のところばかりだ。

だから、今まで避けてきたわけだ。

鉄道が通っていないところは、バスがあるじゃないか。

今まで、最寄りの鉄道の駅から徒歩で行けるところだけと縛りを入れてきたが、別な交通手段を使ってもいいことにしよう。

ただ、問題なのは、そういうところはだいたい民家が密集しているところがあまりなく、点在していることだ。

作戦としては、ストリービューで住宅地を確認しておく、くらいか。

最初のターゲットは、鴻巣市にかつてあった「旧川里町」とした。

理由は北鴻巣駅まで、行くのにそれほどかからないし、かつ、現地まで歩いて1時間半くらいで行けそうだったから。

バスがあったけど、知ったのは、現地に着いた頃だった。歩いていくつもりだったので、バスのことは事前に調べていなかった。

この日も猛暑日、真夏の田園風景の拡がる中、

探索を続けた結果、ようやく発見できたのは、「川里町」時代のものではなく、その前の「川里村」時代のもの1枚だけだった。

発見日  2025年8月26日

発見場所 埼玉県鴻巣市屈巣


"屈巣"は難読地名として知られている。"くす"と読む。

川里村時代の痕跡

川里町時代のものは見つからず。

電柱に巻かれていたもの。

川里町時代のもの。

カーブミラー

川里村のシールの上に川里町のシールが貼られているが、何故こんな見えるような張り方をしたんだ?

通学路につき最徐行



歴史
1889年(明治22年
前身自治体である北埼玉郡広田村(広田村・北根村・赤城村)・屈巣村・共和村(関新田村・新井村・境村・上会下村)が明治の大合併により成立する。

1954年(昭和29年)3月31日
北埼玉郡広田村・屈巣村・共和村が合併し、川里村となる。

2001年(平成13年)5月1日
川里村が町制施行により、川里町となる。

2005年(平成17年)10月1日
 川里町北足立郡吹上町とともに鴻巣市編入される。

見つけた「川里村」の表札は"村時代"のものではあるが、それほど古いものではないものと思われるけれど、"村"と書かれていると⤴。

地名の由来は、屈巣久伊豆神社の説明板に書かれていた。

当地の地名は元来、国主と書かれたが、正長年間(一四二八 - 一四二九)当社境内の老榎樹に鷲が棲みつき、 度々子供を傷つけたことから村人がこの鷲を祀って驚神社と号してからは、鷲も巣の中に屈して出てくることも無くなったために屈巣と改められたという。