歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名「群馬県利根郡新治村相俣」と海円寺の大銀杏

前日はオールインクルーシブをいいことに飲みすぎたようで、食事の写真を撮っていたのだが、後で見返してみるとこんなもの食べたっけと途中からの記憶があいまいになっていた。

でも、2日酔いにはなっていなかったので、ホテルから早朝探索を開始することにした。

10月下旬だが、寒い!

国道17号沿いを上っていく。

後で調べたら、下った方に温泉街などがあったようだ。こちらだともっと民家があって、旧町名の痕跡をがもっとあったのかもしれないが、下調べが不十分であった。ただ、国道は下っていくのだが、実際は少し急な上り坂だったので、迷いもなく避けてしまったということもある。

上り方面はあまり民家はなく、短時間の探索であったが、どうにか旧町名の痕跡を発見することが出来た。

発見日  2025年10月28日

発見場所 群馬県利根郡みなかみ町相俣

文字が薄くなってしまっていて、全部の判読は難しい。

歴史

1889年(明治22年)4月1日
町村制施行に伴い、利根郡に湯ノ原村、吾妻郡に久賀村が誕生。

1896年(明治29年)4月1日
吾妻郡久賀村が利根郡に移行。

1908年(明治41年)5月1日
久賀村・湯ノ原村が合併し、新治村が発足。

2005年(平成17年)10月1日
月夜野町水上町と合併してみなかみ町となる。

相俣の地名の由来

相は、川・道が出合う所。俣は、沢の支流。地形を形容。

新治村の村章があるマンホール蓋



新治村指定天然記念物海円寺の大銀杏



説明板

海圓寺
戦国時代の猿ヶ京宮之城主尻高左馬之介義隆が天正八年沼田城代海野能登守輝幸に砦を渡すまで護身観音としていた馬頭観世音菩薩を後に、家臣の笛木雅楽之助が、慶長2年(1597年)相俣村字竹ノ上に観音堂を建立し馬頭観音を御本尊様として祀り、須川泰寧寺3世学庵長藝和尚を招して山号を補陀山・寺号を海圓寺とし開創された寺である。この観音佛は智仁勇を具備せる尻高氏代々の護持佛であった。『観音の妙なる智力は諸々の世間の苦しみを救う』馬頭観音は死魔を折伏して無明の障害を食い尽くし諸厄を払う霊験あらたかなる菩薩である。現在の寺は後に移築され立替えられているが、慶長2年建立当時の沓石が庭に並べられている。

海圓寺の大銀杏
海圓寺境内の一角にある銀杏の木、樹齢約400年以上ともいわれ、新治村指定天然記念物に指定されている。銀杏の木の洞窟に現代佛師の作であるが、馬頭観音の石仏が鎮座しているのも珍しい。

中部北陸自然歩道 環境庁 群馬県 みなかみ町

大銀杏

周りには紅葉している木もあったが、銀杏はまだ黄葉していなかった。

説明板には樹齢約400年以上とあるがみなかみ町のホームページ等には推定樹齢300年以上とある。

馬頭観音