2026年1月5日、探索中に練馬区立開進第一小学校の校門が見えた。
小学校は、まだ冬休み中のようだ。
普段は近寄り難いが、校門周辺に児童や先生がいないので、近くに寄ってみることにした。


左側

木の板に手書きと思われる文字で書かれている。
右側

よく見ると文字が刻まれているのに気が付いた。
上部

下練馬村立!!
下部

開進尋常高等小学校!!
なんと!「北豊島郡下練馬村立開進尋常高等小学校」時代の校門だった。
以前下記の記事で「北豊島郡上練馬村練馬尋常高等小学校」時代の校門を紹介したが、それに次ぐものかもしれない。
1882年(明治15年)4月14日
草茸約30坪の新校舎で開校式をあげる。
1882年(明治15年)4月15日
開進小学校として授業(教授)開始。
1929年(昭和4年)
学校名を開進第一尋常高等小学校に変更。
下練馬村は町制および改称を施行し、練馬町となる。
1932年(昭和7年)10月1日
練馬町が東京市に編入される(当時は板橋区)。
1943年(昭和18年)7月1日
東京都制が施行され、旧練馬町は東京都板橋区に属す。
1947年(昭和22年)8月1日
練馬区独立。
板橋区から旧1町4村(北豊島郡練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村)が練馬区として分離独立し、旧練馬町は練馬区に属することとなる。
練馬区立開進第一小学校となる。
現在、練馬区に「開進」と付く学校は、小学校・中学校それぞれ第一から第四まで計8校あるそうで、戦後にでもつけられたものだと思ったが、歴史あるものだった。
「開進」の由来
開進第一小学校のホームページには、
大漢和辞典によれば、
『開智』は知恵を開くこと(浄住子より)
『進徳』は徳をすすめること(易経より)
という意味で、二つの言葉は明治以来の教育の目標でもあった。
時代によって、人によって『開智進徳』は色々な読み方がなされてはいるが、
智を 開き もって徳を進む
と読み、『開進』という名前はここから由来しています。
とある。
『開智進徳』とあるが、"以"が抜けており、『開智以進徳』が正しいと思われる。
練馬区立開進第二中学校にある「校名"開進"の由来」という額には、
正面に掲げてある扁額の五字は「智を開き以って徳に進まん」という意味の文字です。
当時、下練馬村といわれた、この地域一帯に明治15年、新しく学校をつくるにあたり、氷川神社の神官であった風祭宝信氏が「開進学校」という名を選ばれたと伝えられています。
と書かれているそう。