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旧町名「埼玉県入間郡鶴ヶ島町五味ヶ谷広田」

五味ヶ谷」は現存している町名だが、今回発見したものは、旧自治体且つ小字付きのもの。

発見日  2026年1月6日

発見場所 埼玉県鶴ヶ島市五味ヶ谷

フルバージョンに近いが、大字、字が書かれておらず、フルバージョンでないのが惜しい。フルバージョンだと「埼玉県入間郡鶴ヶ島町大字五味ヶ谷字広田」になる。

歴史

1884年明治17年)7月14日
脚折村、三ッ木村、三ッ木新田、五味ヶ谷村、戸宮村、大塚野新田、高倉村、町屋村、藤金村、上新田村、中新田村、下新田村、上広谷村及び太田ヶ谷村による上広谷村連合が組織される。

1889年(明治22年)4月1日
町村制施行により、上広谷村連合を構成する14村の区域をもって、高麗郡鶴ヶ島村が発足する。

1966年(昭和41年)4月1日
町制施行により、入間郡鶴ヶ島町となる。

1991年(平成3年)9月1日
市制施行、鶴ヶ島市になる。

以下は「鶴ヶ島町史 文化・地誌編」第三節 鶴ヶ島町の地名Ⅱ(各論)より

五味ヶ谷の由来

ゴミは泥地や湿地の意。ガヤ(ド)はヤツ、ヤチ(谷)などを語源とする場合には低湿地の意味となり、カイト(垣戸)を語源とする場合には一区画の土地とか村落・分村の意味になる。

広くは広谷村の小字だった。

元来、特定の狭い泥地であるゴミが語源となり、集落として広谷村からの独立性が意識されてカヤトが語尾に付され、ゴミガヤになったものではないか。

広田の由来

ヒロは広い所、低い所、緩斜地などをいうが、広田がどれに該当するかは定めがたい。

広田橋

左側の橋名板は半分以上埋まっていて、確認はできないが、"広"は"廣"となっているよう。

広田橋交差点