歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名『宇都宮市富士見通一丁目』――足で稼いだ“おまけ”の風景

この日は通院後、宇都宮市内を探索する予定にしていた。
診察は早く終わったので、大宮駅9:42発の快速に予定通り乗れそうだ。

しかし、京浜東北線が10分ほど遅れているとのこと。間に合うのか?
駅に着くと10分ほど遅れている電車に乗ることが出来たが、大宮駅には早く着き過ぎ、待つことになってしまった。でも、乗り遅れるより全然いい。

湘南新宿ラインのホームで5分遅れるとのアナウンスあり。5分ならいいか。
ようやく来た電車に乗り込み、途中寝ながら、10:52頃宇都宮駅へ。

駅のホームに降り立つと、キリッとした冷気を感じる。宇都宮は最高気温が10.3℃とこの時期らしい寒さだったが、風が穏やかだったのが救いだ。日差しが暖かく、冬にしては絶好の探索日和になりそうで期待が膨らむ。

今回の目的は、前回探せなかった目撃情報があった旧町名の収集がメインで、サブは目撃情報がない旧町名の発見だ。気持ち的にはメインよりサブがメインだ。

今回の探索では、準備不足もあって、いくつかの目撃情報の場所には辿り着けなかった。一方で、すでに目撃情報のあったものをいくつか再確認できたが、これらは既知の情報として、基本的には本ブログで紹介する予定はない。あくまで自分の中での確認に留め、情報の鮮度を大切にしたいからだ。ただし、そこに新たな付加情報や、別な痕跡を発見した場合には、あらためて紹介することもあるかもしれない。

結局、狙い通りにはいかなくても、自らの足で運んだからこそ出会えた風景があった。思いがけず見つけた未知の痕跡――そんな“おまけ”が、かえって心に残る一日だった。

菊水町で見つけた「富士見通一丁目」の証

探索の舞台は菊水町付近。かつての町名が今も道路の愛称として残るエリアだ。

住宅街を歩いていると、古い家屋の軒先に、時代を感じさせるプレートが並んでいるのを見つけた。

その中の一枚「家屋調査済証」。ひし形のプレートにはっきりと**「富士見通一丁目」**の文字が刻まれていた。

この「富士見通」という地名は、**『宇都宮市史』や『西原地域データブック』**などの記録によると、1934年(昭和9年)に広大だった西原町から分立して誕生したものだ。その名の通り、かつてはここから富士山がよく見えたのだろう。その後、1965年(昭和40年)前後の住居表示実施により、現在の「菊水町」や「吉野」へと再編されていった。

目撃情報もない場所で、この「家屋調査済証」を偶然見つけたとき、過去と現在がふとつながるような、不思議な手応えがあった。穏やかな空気に背中を押され、集中を切らさず歩き回った甲斐があったというものだ。

準備不足で逃した獲物もあったが、「富士見通」の残り香に思いがけず触れられたことは、何よりの収穫だった。今日の探索は、間違いなく実りある一日だったと言えるだろう。次は、今回辿り着けなかったポイントをリベンジするため、もっと入念に下調べをしてから挑みたい。