歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

横浜市港北区日吉本町で見つけた「逓信省用地」境界石――NTT日吉ビルに残る通信の歴史

横浜市港北区日吉本町一丁目を歩いていると、NTT東日本日吉ビルの敷地で、「逓信省用地」と刻まれた境界石を二本見つけた。

いずれも現役のNTT施設の敷地内に残されており、保存状態は良好である。ネットで調べた限りでは、この境界石自体を紹介した記事は見当たらなかったため、現地での観察と建物について調べた内容を記録しておく。

敷地内に残る二本の「逓信省用地」境界石

境界石は、NTT日吉ビルの道路沿いに設置されていた。

一方は敷地の角に、もう一方は塀の途中に設けられている。

正面から見るとどちらも細長い石柱だが、「逓信省用地」の文字は同じ面には刻まれていない。現地で確認したところ、手前の境界石では右側面、奥の境界石では左側面に文字が刻まれており、刻字面は互いに向き合う向きとなっていた。なお、手前の境界石は写真では文字の一部が判読しづらい。

また、二本には違いもあった。角にある手前の境界石では塗装が確認できなかったのに対し、塀の途中にある奥の境界石では上部が帯状に赤く塗られていた。塗装された時期や理由は分からないが、同じ敷地内の境界石でも状態に違いが見られた。

現在の塀は比較的新しいものと見られるが、境界石はそのまま組み込まれるように残されている。改修時の経緯は確認できなかったものの、撤去されることなく現在まで保存されてきたことが分かる。

この場所は日吉電話局だったとされる

境界石について調べる過程で建物の来歴も確認したところ、建築を紹介するウェブサイト「新・レトロ建築写真帖」では、この建物は昭和11年(1936)11月に竣工した日吉電話局として紹介されている。

同サイトによれば、鉄筋コンクリート造2階建として建設され、その後3階建へ増築されたという。また、外観は改修によって大きく変化したものの、内部には建設当時の階段室が残されているとされている。

昭和9年(1934)に慶應義塾大学日吉キャンパスが開設され、周辺では宅地開発が進んでいたことから、この地域の通信需要に対応する施設として整備されたと考えられる。

「逓信省用地」の文字が今も残る

境界石には「逓信省用地」と刻まれていることから、逓信省がこの敷地を管理していた時代のものであることが分かる。

その後、通信行政や通信事業の組織は変遷し、現在はNTT東日本の施設となっている。しかし、敷地には現在も「逓信省用地」の文字を刻んだ境界石が残されている。

境界石の設置時期を示す資料は確認できなかったものの、戦前からこの場所が通信施設として利用されてきた歴史を伝える資料の一つといえるだろう。

日常の風景に溶け込んでいるため見過ごしてしまいそうだが、足元には通信の歴史を静かに伝える境界石が残されていた。

撮影日 2026年7月6日

栃木市本町で発見した電力プレート「ホンマチ」

本町では、「ホンマチ-12」の1枚を確認した。



町名をそのままカタカナで表記した、比較的分かりやすい例である。

「本町」という地名は各地に見られるが、栃木市の本町について、具体的な命名経緯を示す資料は今回の調査では確認できなかった。そのため、一般的な地名の意味から栃木市本町の由来を推測することは避けたい。

看板の住人たち──動かない犬と落ち着かない車と急ぐ亀と虫

第1話 風化した看板の観察編──読めない文字と、残ったキャラクターたち

北区で見つけた一枚の交通安全看板。

文字はほとんど読めず、色も抜け落ち、かろうじて「待っているやさしい気持」の一部が残っている。
しかし、キャラクターたちは風化に負けず、それぞれの存在感を保っている。

横断歩道用の信号──上が赤、下が青

中央上には二段式の横断歩道信号が描かれている。
上が赤、下が青。
だが、風化で赤はほとんど消え、青だけがかすかに残っている。
信号としての役割は弱まり、むしろ“時間の痕跡”としてそこに立っているようだ。

右側の犬──横向きで、青でも渡らず座っている

犬は横向きで、頭だけ左を向いている。
青信号でも渡らず、ただ座っている。
看板の中で唯一“動かない存在”であり、風化した世界の観察者のように見える。

左上のカブトムシ車──ビートルのようで、昆虫のようでもある

丸いフォルムの車は、フォルクスワーゲン・ビートルを思わせるが、同時にカブトムシの甲羅にも見える。
表情はどこかイライラしているようで、「やさしい気持」とのギャップが妙におかしい。

左下の亀と虫──青のうちに渡ろうと急ぐ二匹

横断歩道を急いで渡る亀と虫。
本来ゆっくりの象徴である亀が小走りに見えるのが印象的だ。
風化した背景の中で、彼らだけが“時間を進めている存在”に見える。

風化がつくった“ゆるい世界”

急ぐ者、待てない者、動かない者。
それぞれが別のテンポで生きている。
そのズレが、この看板に独特の“間”を生んでいる。

第2話 犬が主役の「静止の哲学」──青でも動かない理由

右側の犬は、看板の中で最も静かな存在だ。
青信号でも渡らず、ただ座っている。
この“動かない”という行為が、看板の世界に独特の重心を与えている。

犬はなぜ動かないのか

青は「渡っていいよ」という合図だが、犬は従わない。
風化で赤が消え、青だけが残った信号を見て、判断を保留しているのかもしれない。
あるいは、看板の世界の住人として、信号の指示に縛られないのかもしれない。

“静止”がつくる世界のバランス

左下では亀と虫が急ぎ、左上ではカブトムシ車が落ち着かない表情をしている。
その中で、犬だけが動かない。
この静止が、看板全体のテンポを整えているように見える。

犬は看板の中で唯一、通行人のほうを向いている。
その視線は、注意喚起というより「まあ、急がなくても」と語りかけるような柔らかさがある。

風化の中で輪郭を保つ存在

文字も色も薄れた中で、犬の輪郭だけは比較的はっきり残っている。
風化に抗うのではなく、風化を受け入れながらそこにいる。
その姿が、この看板の“静かな中心”になっている。

第3話 カブトムシ車の心理編──「待っているやさしい気持」とのズレ

左上のカブトムシ車は、この看板の中で最も“感情が読める存在”だ。
丸いフォルムに、どこかイライラした表情。
看板に書かれた「待っているやさしい気持」とは、明らかに噛み合っていない。

車はなぜイライラしているのか

・信号は風化して赤が見えない
・亀と虫は急いで渡っている
・犬は青でも動かない

この状況を前に、車だけが“交通ルールの世界”に取り残されているように見える。
「青なのに渡らない犬」に戸惑い、
「急ぐ亀と虫」に焦り、
「色を失った信号」に不安を覚えているのかもしれない。

看板の中で唯一“待つことが苦手”な存在

「やさしい気持で待ちましょう」というメッセージの中で、
一番待てていないのがこの車だ。
そのズレが、この看板のユニークさを際立たせている。

風化が車の心理を深めてしまった

信号の赤が消えたことで、車は“いつ動けばいいのか”分からなくなっている。
看板の制作者が意図した以上に、風化が車の表情に意味を与えてしまった。

結論:この看板の物語は、ズレたテンポがつくっている

・急ぐ亀と虫
・動かない犬
・待てないカブトムシ車
・色を失った信号

それぞれが別のテンポで生きている。
そのズレが、この看板の世界を豊かにしている。

撮影日 2026年4月27日

栃木市日ノ出町で発見した電力プレート「ヒノデ」

日ノ出町では、「ヒノデ-8」の1枚を確認した。



資料によると、日ノ出町は昭和12年(1937年)の市制施行時に、字大和・榎堂・杢冷・川島の各一部を合わせて成立した町名である。

町名は、旧栃木市街地の東方に位置し、日の出の方角にあたることに由来するとされる。

鴻巣市・勝願寺の仁王門で見つけた、東京市時代の旧町名入り木製寄進札

実は、参道沿い付近にあるという情報をもとに町名看板を探しに来たのだが、見つけることが出来なかった。そこで、今まで近くに来たことは何度かあるものの、参拝した記憶がなかった勝願寺に立ち寄ってみることにした。

立派な仁王門を見上げて目を凝らしていると、門の内側、両側の高所に住所が書かれた木製の札が掲げられているのを見つけた。さらに門をくぐり抜けて裏側の上部(境内側から見た虹梁の上、波の彫刻が施された部分の左側)を視認すると、寄進者のものらしき横長の銘板がはめ込まれている。そこには人名とともに「埼玉村字野」や「彫刻師 内山良…」といった文字が書かれていた。

なお、目的の町名看板は帰る途中、思わぬところで見つかった。これについてはまた別の記事で書きたいと思う。

今回は、この勝願寺の仁王門で確認できた木札と銘板について、現地での観察事実を記録しておく。

仁王門の内側に掲げられた2枚の木札

仁王門の内側、梁に近い高所の左右に、文字が深く彫り込まれた一対の木札がある。

経年による木の風化は見られるが、文字部分には白色の塗料が残っており、地上からでもはっきりと判読可能だ。

刻まれていた文字は以下の通りである。

右 東京市本郷区湯島天神町 / 林屋号 / 小林清三郎

左 東京市本郷区湯島天神町 / 小林清三郎

「東京市本郷区湯島天神町」は、現在の文京区湯島の一部にあたる旧町名である。1枚目の札には「林屋号」という記述があることから、この小林清三郎という人物が当時用いていた屋号、あるいは商店名ではないかと推測される。

仁王門の軒下という、比較的雨風の影響を受けにくい場所に掲げられていたことが、現在まで比較的良好な状態で文字が残った一因である可能性がある。この人物がどのような経緯で鴻巣の勝願寺へ寄進を行うに至ったのか、その具体的な関係性や背景については現時点では不明である。

仁王門裏側上部の寄進者銘板

さらに、仁王門を通り抜けて境内側から見上げた上部の左側には、別の横長木製銘板が設置されている。

細部を確認すると、右端には「鴻巣商人卋話」の文字が配置されているのが確認できる。その右側に複数の人名(新井惣吉、秋山要蔵など)が並んでいることから、鴻巣の商人たちが寄進に関わり、その世話人の氏名が記された銘板である可能性が考えられる。

また、左端には以下の文字がくっきりと刻まれている。

埼玉村字野

彫刻師 内山良[以下は視認困難]

「埼玉村」は1889年(明治22年)の町村制施行により、埼玉村・渡柳村・利田村・野村が合併して成立した村である。現在の行田市大字野は、旧野村に由来する地名であるとされる。銘板には「埼玉村字野」と刻まれているが、「大字野」を略して表記したものなのか、あるいは別の事情によるものかは現時点では判断できない。

その隣には「彫刻師 内山良…」と名前が続いており、この銘板が仁王門の建立や修理、あるいは施された彫刻の制作に直接関わった職人の名と、寄進を取りまとめた人物たちの記録を残したものであることが伺える。

観察を終えて

参道沿いの町名看板探しからはじまった今回の散策だったが、ふと立ち寄った勝願寺の仁王門で、かつての流動的な人のつながりを示す物証に出会うことができた。

東京市本郷区湯島天神町の人物名と、合併前の旧村名の名残を留める北埼玉郡埼玉村の地名、そして彫刻を手掛けたとみられる彫刻師の名が、鴻巣の由緒ある門に同時に刻まれている。東京市時代の旧町名や屋号、職人の足跡が木札や銘板に刻まれ、現在も良好な状態で残されていることは興味深い。

撮影日 2026年6月29日

栃木市城内町で発見した電力プレート「シロウチ」

城内町では、「シロウチ-6」と「シロウチ-9」の2枚を確認した。

①シロウチ-6



②シロウチ-9



現在の町名の読みは「じょうないちょう」だが、プレートには「シロウチ」と表記されている。漢字の「城内」に対する読み方が、現在の行政上の読みとは異なっている。

城内町は、天正19年(1591年)に皆川広照が築城した栃木城の城域に由来する町名とされる。

揺れる紙と躍る文字──犬と猫が住むマナー看板の世界

揺れる紙と躍る文字、その下で犬と猫が“住んでいる”看板

まず目につくのは、文字の形だ。
丸みがありつつ、ところどころ跳ねるように描かれていて、まるで文字そのものが軽く躍っている。
「犬」の文字のあとに小さな足跡が添えられており、デザイン上のちょっとした遊びが感じられる。

貼り紙をピンで留めたようなデザインがつくる“舞台”

看板は金属板なのに、あえて“紙を貼ったように”見せる工夫がされている。
三ヶ所にピンが描かれ、右下だけが少しめくれ、風に揺れているような表現になっている。
この「紙の質感」は、町内会の掲示物のような親しみやすさを生み、
そこに躍る文字が乗ることで、看板全体がどこか軽やかな雰囲気をまとっている。

この“揺れる紙”と“躍る文字”が、下部に描かれた犬と猫のキャラクターの世界観を支える“舞台装置”になっている。
二匹は、ただ描かれているのではなく、この貼り紙の世界に住んでいるように見える。

佐野市のマナー看板に潜む、犬と猫の“キャラクター設計”を読む

犬と猫は一見すると素朴なイラストだが、よく観察すると「造形」「役割」「感情表現」が丁寧に組み立てられている。
単なる注意喚起の添え物ではなく、看板全体のトーンを決める重要な存在になっている。

犬:とぼけた表情の“やわらげ役”としてのデザイン

犬の造形は、まず耳の大きさが目を引く。
垂れ下がった耳が頭頂部を覆い、全体のシルエットを柔らかくしている。
目は点で描かれ、鼻も小さな黒点。
その下に複数の口ひげが放射状に描かれ、少しだけ舌を出している。

とぼけた表情が生む“緊張の緩和”

注意喚起の看板は、ともすると強い口調になりがちだが、
この犬はあえて“とぼけた顔”をしている。
点の目は感情を限定せず、見る側に解釈の余地を残す。
舌を少し出すことで、叱る側ではなく「一緒に考える側」に立っているように見える。

振り向き姿勢と尻尾の揺れが示す“参加者”としての立場

犬は体を振り向かせ、尻尾が手前に見えている。
その尻尾がわずかに揺れているように描かれており、
「ぼくも気をつけるよ」という、控えめな意思表示のようにも読める。
看板のメッセージを“外から言う存在”ではなく、
“内側から参加する存在”として配置されているのが興味深い。

猫:横向きの姿勢がつくる“観察者”としてのキャラ性

猫は犬とは対照的に、横向きでこちらをちらりと見ている。
頭頂部の尖った耳、白く塗られた鼻まわり、長くカールした尾。
犬よりも線がシャープで、少し大人びた雰囲気がある。

横向きの構図が生む“距離感”

猫が正面を向かず、横向きで視線だけをこちらに向けているのは、
「状況を冷静に見ている存在」としての役割を担っているように見える。
犬が“参加者”なら、猫は“観察者”。
二匹の役割分担が、看板全体のバランスを取っている。

尾のカールが示す“静かな納得”

尾は長く、先端だけ白く、上に向かってカールしている。
猫の尾は感情表現の要素だが、このカールは興奮でも警戒でもなく、
「まあ、そういうことだよね」という静かな納得のポーズに近い。
犬の尻尾の揺れが“共感”なら、猫の尾のカールは“理解”。
二匹の感情の方向性が微妙に違うのが面白い。

丸三つの記号が、二匹の“思考の可視化”になっている

犬と猫の上に浮かぶ丸三つは、吹き出しの途中のようでもあり、
注意書きの三項目を象徴しているようでもある。

  • 放し飼いをやめよう

  • フンのあとしまつを

  • 飼い主の責任

犬は「どうしようかな」と考え、
猫は「まあ守るべきだよね」と理解している。
丸三つはその“思考のプロセス”を控えめに示す記号として機能している。

まとめ:紙・文字・犬・猫がつくる、小さな“看板の世界”

揺れる紙、躍る文字、とぼけた犬、静かな猫。
それぞれが独立しているようで、実はひとつの世界観を支え合っている。
この看板は、注意喚起を超えて、
“犬と猫が住む貼り紙の世界”として静かに成立している。