鉄道遺産
探索を終え、深谷駅に近づくと、夕暮れの空だった。 縦書きの駅名標 深谷駅の歴史、経緯 歴史明治16年 深谷駅は、日本鉄道株式会社により創設明治28年 日本煉瓦製造株式会社専用鉄道敷設(深谷駅~工場間)明治42年 高崎線と呼称昭和9年 深谷駅舎改築昭和27…
羽生駅については下記の記事で書いたことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 引続き羽生駅シリーズ。 紹介する碑に書かれている文章を書き起こした方がいないようなので、記事にしようと思い立った。(書き起こしていた方がいたら記事にしていなかっただ…
大宮駅で高崎線快速に乗ってしまい、鴻巣駅で普通に乗り換えるため、降りる。待っている間、手持ち無沙汰なので、ホームを歩いていたところ、2、3番線のホームの大宮駅寄りに「ひな人形と花のまち」と書かれたカラー版の駅名標があった。 両面とも同じ絵で背…
またやってしまった。 JR宇都宮線久喜駅で東武伊勢崎線に乗り換えるつもりだったが、寝過ごしてしまい、気が付いたら、過ぎており、快速だったので、次の駅古河駅まで行くことになってしまった。 以前はそのまま乗って宇都宮駅まで行って、何の準備もしてい…
歩道がほとんどない県道146号線を通り過ぎる車に怯えながら歩いていると、「よのほんまち」と書かれた駅名標が小屋の側面に貼られているのに気が付いた。 何でこんなところに埼京線の駅が? マニアの方なのか? 下に書かれている埼玉県与野市は現埼玉県さい…
横浜市電保存館 2025年5月12日は、月曜日なので、閉館していると思ったら、開館していた。 入館しようと思ったら、現金のみだった。 あまり現金を持っていることはないので、入館できず。 常に小銭入れは持参すると誓ったのだった。 少額とはいえ、他の支払…
2025年5月23日たまたま通りがかったら、「2k540 11のヒミツ」が開催されていたので、このイベントの様子をレポートすることにしよう。 その1と2 高架下も、職人のまちかつて御徒町周辺は、伝統工芸職人のまちでした。工房が多く、クリエイターが増えている地…
国府津駅ホームから海が見える。 ホームにあった何か。 ホームにあるのは珍しい?珍しくない?改札を出たところにあまり立派とは言えない木製の板に写真などが提示されていた。 国府津商工振興会ご挨拶日頃、国府津商工振興会をご利用いただきまして、誠にあ…
西武新宿線「狭山市駅」階段を上っていくと、窓に写真が貼られていた。 こんな催しが開催されているなんて知らなかった。 ほぼ独占状態だったので、写真を撮りまくってしまった。 川越鉄道開業130周年記念写真展について 川越鉄道は、1895年(明治28年)3月21…
2025年3月22日、一通りの探索を終えたあと、やっちゃば緑道を歩き、東武鉄道千住線跡があるという岡田商事へと向かう。 千住の青物市場の起源は古く天正の頃にさかのぼるといわれ、江戸中期以降は、神田・駒込とならぶ江戸の三大市場であった。往時、旧日光…
駅コンコースに武蔵境の駅とまちの歴史を振り返るプレート『境停車場ものがたり』が設置されていた。 細かく見ていきたくなってしまった。 上から見ていくことにしよう。蒸気車往復繁栄之図 設置主旨 武蔵境駅は、中央線で最も古い駅のひとつです。明治22年…
2024年11月25日、青梅街道を徒歩で東進途中、御嶽駅へ辿り着く。 昭和8年の御嶽駅 建物財産標 昭和4年のもの その下にある家屋調査證は「三田村」時代のものだった。 建物財産標に気が付いても家屋調査證に注目する人はあまりいないだろう。御嶽駅の歴史 192…
かつて存在した東武鉄道亀戸線の駅「虎橋通駅」跡が踏切から見えるところがあるらしい。 2024年6月24日、探索を開始する。 踏切がいくつかあり、すぐには見つからない。 事前調査不足だった。 何個かの踏切。 ここかな? あった! あれか。 よく見ると線路わ…
2024年11月2日、冷たい雨の中、JR稲毛駅から探索を開始する。 この辺りは約4年振りだ。訪問場所 千葉県千葉市稲毛区稲毛1丁目9今回の主人公たちが勢ぞろいしている写真。 蒸気機関車NUS 7 前面 右側面 左側面 後面 内部 この蒸気機関車は、昭和28年から昭…
2024年11月7日、高尾駅の4番線を降りるとすぐそばに天狗の顔の石像が建っていた。 裏側 明治の森高尾國定公園は當駅から南西約二キロのところにあります 中心の高尾山は標高六百メートルで そのおだやかな山容は濃い緑や完備された自然公園施設と相俟って 人…
2024年10月28日、探索を終え、町田駅へ急いで歩いているとこんなものを見つけてしまった。 どうにも止まらないではなく、止まってしまった。 暗くなる前に撮っておかなければならない。所在地 東京都町田市中町2丁目13-14 子ども発達センター隣接地D51 8…
自分の持っている地図では「仲木戸駅」になっていたが、あれ?「京急東神奈川駅」になっている。 いつからだ? 歴史 1905年(明治38年)12月24日中木戸駅(なかきどえき)として開業。当時は地上駅だった。 1910年(明治43年)8月横浜鉄道(現JR横浜線)の貨…
2024年10月7日、約4年振りに山手駅付近から探索を開始する。 この日の最高気温28.9℃、10月なのに暑い! 久し振りにアブラゼミの鳴き声を聞く。大和町通り 琺瑯町名看板の現存を確認する。 大和町電停前? 1972年3月31日に廃止された横浜市電の電停のことだっ…
2024年9月9日、気になるものが車窓から見えていたものを確認するためと旧多野郡新町の痕跡を探すため、新町駅で降りる。駅名標 右の足下に海抜六四.六一Mと書かれていた。 境界石? 通信用アースの標柱 基準標 上りホーム脇にある危険物貯蔵庫 レンガはイギ…
埼玉県内の街道筋の商家は、街道に面する店舗間口が狭く、奥行きが長い土地が多い。江戸時代は間口の広さで年貢が計算されたため、間口を狭くして奥行きを伸ばした「ウナギの寝床」状の店が多かった。明治時代になって、この細長い土地で、裏手の蔵から店舗…
2020年、東京駅の新たなシンボルとして改札内地下1階に登場したイベントスペース「スクエア ゼロ」。新幹線をはじめ、東海道線、中央線など鉄道路線の起点「0キロ標識」(通称ゼロキロポスト)がここ東京駅に多数あることから名づけられた。 鉄道関連のミニ…
今回は、現在位置に書かれている栄から西ヶ原二丁目に向かう人道橋からの眺めを紹介する。 以前も撮ったことがあるのだが、橋の名称が分からなかったので、再訪することにした。 記事を書くにあたって、撮った場所で写真を検索したのだが、以前撮った写真が…
以前下記の記事で紹介したが、現状どのようになっているのかが気になり、訪問してきた。 citywalk2020.hatenablog.com 撤去工事のお知らせが貼られていた。 堀合通り側 入口は閉ざされていたが、まだ解体は始まっていなかった。橋の下 電車庫通り側 解体が始…
2024年7月4日、練馬駅から探索しながら、中村橋駅近くにある練馬区立美術館に向っていた。 中村橋駅北口。 ここを通るのは初めてかもしれない。 街灯が並んでいた。 何だろう? 賞状があった。 佳作 モニュメント「軌条燈(レールランプ)」 西武鉄道株式会社…
紫陽花の季節はもう終わりだが、当ブログではまだ続いている。撮影日 2024年6月8、10、11日 紫陽花の季節なので、人出が多い日もあったので、他の探索と組み合わせて、3日間も通ってしまった。 他の紫陽花の名所に行けばよかったかもしれない。 でも、このよ…
都電荒川線の架線柱の中に、柱が緑色に塗られ、先端にタマネギ型の装飾が付いたものがあるらしい。 知ったからには探してみたくなるというのは当たり前のことだろう。訪問日 2024年6月13日それらは荒川二丁目駅周辺にあるらしい。 ①荒川区役所東交差点付近の…
2024年3月11日、探索を終え、久しぶりに水道橋駅から帰ることにした。 階段を上がると2番線ホームの左側に下記の説明板があることに気が付いた。 水道橋駅一、開業年月日 明治三十九年十月二十四日 二、水道橋の由来 神田川に架かり、三崎町と小石川・本郷と…
京都市伏見区を探索していたところ、老舗和菓子店「伏見駿河屋」に「電気鉄道事業発祥の地」の石碑があるのに気が付いた。 発見日 2024年1月5日 発見場所 京都府京都市伏見区下油掛町174 伏見駿河屋 天明元年(1781年)に開業。チンチン電車の絵が飾られていた…
「無名橋」のことは元々は渋谷区にある「川無橋」と合わせて紹介する予定だった。 両方とも「無」が付くのでまとめて紹介することにしていたのだが、「無名橋」、「水無橋」、それぞれで記事を書けそうなので、別々に紹介することにした。 「水無橋」につい…
ゼロキロポストのことを調べていたら、甲武鉄道のゼロキロポストのモニュメントがあることが分かったので、探してみることにした。まず、甲武鉄道のことについて調べてみよう。 甲武鉄道は、明治時代に日本に存在していた鉄道事業者(私鉄)だった。現在の中…