今回は埼玉県ふじみ野市で発見した合併前の上福岡市の前身である福岡町の旧町名を紹介しよう。
発見日 2022年4月5日
発見場所 埼玉県ふじみ野市北野1丁目
歴史
1889年(明治22年)4月1日
町村制施行に伴い、福岡村、中福岡村、福岡新田、駒林村、川崎村が合併し、福岡村が新設される。
1960年(昭和35年)11月13日
町制が施行され、福岡町となる。
1972年(昭和47年)4月10日
市制が施行され、上福岡市となる。
2005年(平成17年)10月1日
入間郡大井町と合併し、ふじみ野市になる。
「北武蔵野」の「北」と「野」から「北野」になったのだろうか?
帰りがけにこのような案内を見つけたので、立ち寄ってみることにした。
本当は神社の裏の道路側から見えており、更に裏から入ったのだが、表から入ったことにして、一応順序通り、紹介することにする。
こちらにあるようだ。
お参りをする。
と言っても頭を下げるだけだが。
老木というほど太くはない木だが、根本を見ると、確かに笹が生えている。
近くに寄ってよく見てみる。
平成27年頃は身ごもった程度だったのだろうけど、もうずいぶん成長していた。
上福岡八雲神社の由緒(「埼玉の神社」より)
八雲神社<上福岡市上福岡一-七(福岡二一五一)>
当社の鎮座する上福岡一丁目は、東武東上線上福岡駅の東口に当たり、大手スーパーをはじめ各種店舗や銀行の支店が軒を並べる繁華街であるが、昭和三〇年代までは畑地が続き、上毛三山(筑波山・赤城山・妙義山)とはじめ、秩父・丹沢などの山々を一望にできた。
当初は川越市古谷・渋井・古市場・久下戸・並木・小中居の耕作地となっていたが、東上線開通に伴い、これらの地区から分家が出され、大正末期には約二〇戸が駅周辺に点在するようになった。当時は長宮氷川神社の氏子であったため、当地へも天王様の日に同社の神輿が回ってきていたが、長宮氷川神社まで遠いことから新たに鎮守を祀る機運が生じた。昭和五年、この辺りの地主であった梶原家による土地の貸与を機に、長宮氷川神社から須佐之男命を分霊し、内田清三郎・土屋政作・星野重一・富田昇・望月正司・押田平次郎らが中心となって当社を建立した。昭和二三年社地は梶原家の好意で当社に譲渡された。
昭和三七年、社殿の老朽化に伴い上福岡駅周辺の家々から寄附を集め社殿を新築し、旧社殿は手が加えられ神輿庫として使われるようになった。神輿は当社が創建された翌年の昭和六年新調された子供用である。また、これに合わせて境内整備と植樹が行われ、現在ではこの辺りで唯一の緑地となっている。