今回は台東区にかつて存在していた旧町名「竹町」の痕跡達を紹介することにしよう。
①下谷區竹町一〇八番地
発見日 2020年2月1日

白いタイプのものは珍しい。
②下谷竹町一二番地一号
発見日 2021年1月16日

③タケマチ-8
発見日 2021年1月16日

④タケマチ-22
発見日 2021年4月6日

電力プレートは「タケチョウ」ではなく「タケマチ」となっている。「タケチョウ」が正しいはずだが、ここでも省略されたということか?
旧町名由来案内

明治五年(1872)秋田の久保田藩主佐竹邸、伊勢の津藩主藤堂邸、伊予の大洲藩主加藤邸、秋田の矢島藩主生駒邸と周辺の屋敷が合併して竹町はできた。町名の由来は、この地に最も広大な敷地を有した佐竹邸の西門扉に竹を用いていたことにちなむという。
この地は、竹町と命名されてから、めざましい発展を遂げた。佐竹邸の跡地には講談寄席や料理店がならび大変にぎわった。その後、大正十二年(1923)の関東大震災で一面焼失したが、商人や職人の町としてよみがえった。そして、第二次世界大戦で二度にわたる空襲を受けたにもかかわらず、他にさきがけて復興し現在の姿になった。
竹南町町会

台東区立竹町幼稚園


竹町幼稚園は、12園ある台東区立幼稚園の中で、2番目に歴史のある幼稚園。
昭和5年4月 東京市竹町尋常小学校内に付設、付属幼稚園として開園
昭和16年10月 東京市竹町国民学校付属幼稚園と改称
昭和21年5月 東京都台東区立竹町幼稚園と改称し開園
竹町公園


明治百年と刻まれている石碑

ラジオ体操台

砂場のカバ


結構リアルな出来だ。
新幹線の乗物

竹町公園前交差点

地図
