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街区表示板 足立区西伊興町15

足立区旧町名街区表示板シリーズ第3弾

発見日  2021年10月7日

発見場所 東京都足立区西伊興4丁目

広告主  足立信用金庫

     先に紹介した街区表示板2枚も足立信用金庫なのだろうか?

正確には一部の区画のみ舎人公園に残存しているので、完全な旧町名とは言えないが、もう旧町名みたいなものなので対象とした。

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1968年(昭和43年)4月1日
土地改良事業施行に伴う町名地番整理が実施され、赤山道以西の伊興町吉浜、伊興町五反田、伊興町一丁目の全域と伊興町槐戸、伊興町番田、伊興町京伝、伊興町諏訪木、古千谷町および舎人町の一部をもって西伊興町が成立する。

1987年(昭和62年)10月10日
当地区に住居表示が実施され、西伊興一~四丁目が成立。西伊興町の旧区域と西伊興一~四丁目の区域とは同一ではなく、大師北参道通りより東側の6・17・18・25番地は伊興五丁目に、26番地は伊興4丁目に、33~36・56~59番地は伊興二丁目に編入された。西伊興町69・70番地が西新井四丁目41~45番に、編入された。また、谷在家町(やざいけちょう)、加賀皿沼町、上沼田町の各飛地が西伊興一丁目17番に編入されている(東京スバル付近)。西伊興二丁目8・9・12番、西伊興三丁目4~6番は、古千谷一丁目から、西伊興三丁目15~17番は、古千谷二丁目一部を、編入した。

1988年(昭和63年)5月15日
住居表示実施により、四丁目の区域を拡大。11番~12番(旧西伊興町12・15番地)

1968年成立の西伊興町は現在、西伊興町42番地から44番地が舎人公園造成地内に残存しているが、将来的には廃止の予定である。残存理由は住民が最後までこの地域におり、舎人公園の予定地でもあったためである。現在では住民は全て立ち退き済で住民基本台帳でも住民は0になっている。西伊興1丁目19番も舎人公園の予定地で、住民は移転している(足立区では造成が終わり次第、舎人公園の住居表示を予定)。