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方言漢字 垳 埼玉県八潮市

埼玉県八潮市に方言漢字である「垳(がけ)」の旧町名の目撃情報があったので、2回に分けて訪問してきた。

方言漢字とは、各地に存在する地域性を持つ漢字のことだ。話し言葉に方言があるように、漢字にも特定の地域でしか通用しない「方言漢字」があり、土地の文化や歴史を伝えている。

偶然なことに、朝日新聞の1月14日の朝刊に「埼玉の「埼」は奇跡の漢字 地域独特の「方言漢字」が表す土地の記憶」の記事が掲載されていた。

 

なぜ2回訪問することになったということをこれから語らせていただこう。

1回目は2022年1月11日だった。
家を出るときは、それほど雨が降っていなかったので、このくらいの雨なら問題ないと探索を決行した。
武蔵野線南越谷駅スカイツリーラインに乗り換えて、竹ノ塚駅で降りた。

直線距離だと、竹ノ塚駅が一番近いと思っていたが、後に八潮駅があることを知った・・・。

普通に雨が降っていた。
弱まるのを期待し、東京都足立区を突き抜けて、埼玉県八潮市へ向かう。
途中、足立区の旧町名を発見するが、家に帰って調べてみると、すでに目撃情報がある町名のものだった。
当然だ、東京23区内では、自分で新発見できるものは皆無に近いだろう。

雨脚は弱まることなく、思ったより距離があり、ようやく、「垳」に到着した。
「垳」が付いているいろいろなものを撮りながら歩く。
地図を見ると飛地や訪問していない所があったが、時間の関係で、すべてを探索することはできなかった。
結果的には、1回目の訪問では目撃情報があった表札を見つけることができなかった。
帰りは、雨が降る中、体中は雨でびしょびしょになり、敗北感に打ちひしがれながら、スカイツリーラインの草加駅まで、歩いたのだった。

 

リベンジを誓って、2回目の訪問を計画。

2回目は1回目のようなことがないように、まず、現代地図を念入りに確認する。
前回訪問していないところは、今昔マップで確認すると、新しく開発された場所のようなので、そこは重点探索地域から外し、古くからありそうな建物、特に行き止まりの道を中心に確認した。
確認した結果、行き止まりの道を除いて、前回も訪問した場所が中心だったが、見落としがあったのかもしれない。
前回は飛地を訪問していなかったので、ここにはないと思いながら、今回は飛地も訪問してみることにした。

地図で確認した場所をストリートビューで確認する。と入念に事前準備した。
ストリービューの最新の画像が2020年7月だったのが、気がかりだったが、旧町名が残っていそうな門を見つけた。
道路から門までのアプローチが長く、画像でははっきりと確認できなかったので、現地で確認することにした。

前回もこの辺りは、探索しているはずだが、もしかしたら見落としがあるかもしれない。と淡い期待を持っていた。

2回目の訪問は、2022年1月17日で、この日は薄雲が広がっていたが、天気は良く、風もそれほどなく、探索日和だった。

今回は八潮駅から探索開始だ。

と書いておきながら、最初に結論から言うと2回目のチャレンジも失敗に終わったのだった。
旧町名が設置されていると想定していた門が、新しい門に建て替えられてしまっていたのだった。
表札も新しいものに変えられてしまっていた。
もう一度、前回探索した場所も含めて再探索を実施するが、発見することはできなかった。
南埼玉郡八潮町大字垳」の表札は見つからなかった。

 

ということで、ここからの写真は11日と17日に撮ったものを掲載していく。

 

随分前に設置されたと思われる土地区画整理事業の看板が設置されていた。

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道路の右側の方が「垳」で、現在土地区画整理途中だ。

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垳ふれあい会館の建物と隣接されている垳町会防災倉庫

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垳稲荷神社

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新編武蔵風土記稿より
(垳村)稲荷社
村の鎮守にて、浮塚村大聖寺の持なり。

「埼玉の神社」より
稲荷神社<八潮市垳一一六ー一(垳字用水東通)>
桁は、古綾瀬川(桁川)の左岸の沖積地に位置し、その地名は「みずかけ」「はけ」の転靴と伝えられる。当社は、この桁の鎮守として祀られてきた神社であり、『風土記稿』桁村の項には「稲荷社 村の鎮守にて、浮塚村大聖寺の持なり」と載ることから、江戸時代には隣接する浮塚村の大正寺が祭祀や管理に携わっていたことがわかる。
口碑によれば当社は、京都の伏見稲荷大社の分霊を勧請したものであるといい、このことは内陣に伏見稲荷大社から発給された「正一位稲荷大明神」の神璽筥が納められていることによって裏付けられる。
この神璽筥の底部には「奉安鎮明和九年(一七七二)正月城州(山城国、現京都府紀伊郡稲荷本宮社務神主従三位秦親盛」との墨書があるが、これは伏見稲荷大社からの正式な分霊の勧請を示すもので実際にはそれよりも前から当社が鎮守として祀られていたと思われる。恐らくは、桁が村として安定してきたこの時期に、村にふさわしい鎮守をと願って伏見稲荷大社の分霊を勧請したものであろう。
大正十二年九月一日、関東大震災によって、当社は社殿が全壊、鳥居一基が倒壊するという甚大な被害を受けた。同年十月三日付の「潮止月報」によれば、この損害見積額は一九五〇円という、当時としては莫大な額であった。しかし、氏子一同は一致協力して再建に努め、同十五年五月には本殿を惨復すると共に拝殿を再建した。

 

足立区側にある遊歩道の案内図

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小さくてわかりずらいが、垳川と平成泉橋の名称が載っている。

 

垳川に架けられた平成泉橋

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平成6年度に足立区と八潮市を結ぶ人道橋「平成泉橋」が架けられた。平成泉橋からは微生物の働きにより浄化された垳川の水が橋の両側から30分ごとに5分程度放出されている。


垳川親水通り

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垳川の看板

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東武バスセントラル バス停「垳トンネル」 

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付近にトンネルなんて見当たらないが、何故垳トンネルって言うのだろうか? 

ネットで調べてみたが、八潮駅から都住に向かう通りと垳川が交差するあたりの下のトンネルではないかと言っている人もいるようだが、そこの最寄りのバス停は「垳公民館」か「ふれあい桜橋」で「垳トンネル」停留所はかなり西方に離れてるらしい。

ということでよくわからない。

あっ「垳公民館」のバス停の写真撮り忘れた。

 

垳町会掲示

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中央の写真 垳川の清掃時に出た虹がかかっている写真が載っていた。
右側の写真 去年の垳稲荷神社の御神札授与の案内がまだ張られていた。

 

 

埼玉県垳川排水機場(がけがわはいすいきじょう)

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排水機場とは、大雨などによる市街地や農地などへの水害を未然に防止するために排水ポンプを運転して、雨水や生活排水などを河川に強制的に排水するための施設のこと。 

 

八潮垳整圧器室

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セブンイレブン前の電柱に設置されていた。

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NTT柱に設置されている番号札、「垳」のものがほとんどだが、「桁」になっているものも結構あった。

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ここからは垳の名称は出てこないが、垳で見つけたものを紹介する。

 

ふれあい桜橋付近から遠くにスカイツリーがかすんで見える。

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被害が多いのか、アパートの柵2ヶ所に張られていた。

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資材置場の壁にいろいろな絵が描かれていた。

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ストリートビューの最新の画像2021年6月を見ると絵が違っているので、書き換えられたようだ。
これらの絵は2019年頃から書かれているようだ。
調べてみると、ここは中村建設の資材置場で、インスタでは「#八潮のハワイ」と言われているそうだ。

 

煉瓦造りの立派な蔵があった。

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常然寺 「両岸 第五番 新六阿弥陀

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常然寺の建立は応永三年(西暦1396年)。開山上人は白雲上人といわれている。

 

江戸時代、江戸の町で「六阿弥陀めぐり」が盛んに行われていたそうだ。
阿弥陀如来像を安置している六ケ所の寺院を春と秋に巡拝する信仰があった。

この江戸の「六阿弥陀めぐり」をまねて、中川両岸の各村で阿弥陀講を組織し、春秋の彼岸の中日の翌日に巡拝したそうだ。右岸の六ヵ寺は八潮市にあり、春の巡拝順路は北から南へ、阿弥陀堂(入谷)→大経寺(和耕)→宝憧寺(鶴ヶ曽根)→西蓮寺(下二丁目)→専称寺(南川崎)→常然寺(垳)で、左岸の三郷の香岩寺の僧が先達となって巡ったという。(秋はこの逆コース)
左岸(東岸)の三郷市の「木おさめ霊場」の西善院の阿弥陀如来像の説明板によれば、中川両岸新六阿弥陀詣りは、1908年(明治41年)から始まったそうだ。

 

 

ふれあい桜橋近くの葛西用水路脇に設置されていた謎の石仏。

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何と彫られているのか、読めない。
ネットで調べても情報が見つけられない。

水神様であろうか?

 

垳の旧町名が見つからなかったので、今回も探索記録的なものになってしまった。

埼玉県には知られているだけで17の地名に関する「方言漢字」があるようなので、探索する楽しみが増えた。

八潮市           「垳」(がけ)
さいたま市岩槻区(旧岩槻市)「釣」(かぎ)
さいたま市西区(旧大宮市) 「蓜」(はい)
春日部市          「衾」(ふすま)
白岡市           「嶹」(しま)
              「莪」(が)
鴻巣市           「閭」(さと)
所沢市入間市       「岾」(はけ)
所沢市           「屼」(はけ)
ふじみ野市         「𡋽」(はけ)
狭山市           「赫」(はけ)
日高市           「嘶」(いななき)
ときがわ町         「檥」(ぶな)
              「墹」(まま)
美里町           「瓺か」(みか)「か」はPCでは出てこない漢字。
長瀞町           「瀞」(とろ)
秩父            「糅」(かて)