歩・探・見・感

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鞍掛の松伝承地 & 富ヶ谷しだれ桜公園

山手通りを歩いていたら、「鞍掛の松伝承地」の説明板を発見した。

説明板の写真を撮り終え、ただマンションがあるだけだが、バックの写真を撮るため、後ろに下がる。

車や人が途切れるのをしばし待つ。

中々途切れない。

爺さんが歩いてきた。

何故か知らないが、撮りたいポイントに立って、こちらを見ているようだ。

邪魔だなあ。

早くどいてくれないかなあ。

とイライラ😡⚡

マスクを外し始めて、こちらをまだ見ている。

何か言うつもりなのか?

万が一、話しかけられたらめんどうなので、日傘で爺さんの視線を遮り、その場を立ち去った。

何なんだ、あの爺さんは!

たまに、邪魔されることがある。

自分が邪魔だと思っているだけだが、被害妄想癖があるのかもしれない。

 

 

発見日  2022年8月22日

発見場所 渋谷区富ヶ谷一丁目31-1

鞍掛の松 伝承地
 現在では道路となっていますが、この付近には、かつて「鞍掛の松」と呼ばれていた名木がありました。のちに松に目印となっていたようです。
 この松については、江戸時代でも早い時期に編纂された「江戸鹿子」には、「所の人ハ古ヘ右大将源頼朝奥州征伐の時、此野に来、土肥月毛と云馬を此木につなき、同く鞍を此木に懸給ふ云、此木枝たれて木形面白く又比類なき松なり、」と記され、頼朝が欧州征伐の折、鞍をかけた松として紹介しています。
 また、「江戸鹿子」よりのちに書かれた「江戸砂子」では、頼朝でなく義家が奥州征伐(後三年の役)に行ったときの話としています。いずれにしても区内にある伝承地(旗洗池・勢揃坂)と同じく、関東地方特有の源氏伝承のひとつといえましょう。
 松は、幕末・明治の激動期に枯死し、新しい松が昭和17・昭和18年頃まで存在していたようですが、道路(山手通り)の拡幅工事のため取り払われてしまいました。

 渋谷区教育委員会

 

何の面影もないが、このような説明板があると、読み込んでしまう。

マンションなんか撮っても面白くないの絵面なのは、わかりきっていたが、邪魔されると、まさかやーとなる。

仕方ないので、先に進むと小さいがきれいな公園があった。

 

富ヶ谷しだれ桜公園

ここには戦前から富ヶ谷1丁目の一角に政治家たちが出入りする有名な料亭「初波奈」があったようだ。

その料亭の跡地にできたのがこの公園らしい。

オープンしたのが、今年の3月28日とのこと。

料亭の名木を接ぎ木したしだれ桜だということだが、まだ細々としていた。

 

初波奈の門の脇にあった灯篭状の石柱。


何の花か知らないが、富ヶ谷にあるお宅の庭先で咲いていた。