歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

木製仁丹町名表示板 下京区下立賣通七本松西入西東町

木製の仁丹町名表示板は、「琺瑯看板探検隊」さんの資料では、下記9枚が現存していることになっている。

上京区椹木町通油小路東入東魚屋町
上京区寺町通二条上る
上京区室町通上御霊前下ル上柳原町
上京区五辻通大宮東入下ル慈眼庵町
上京区新麩屋町通仁王門下る大菊町
下京区新町通花屋町東若松町
下京区佛光寺通烏丸東入下ル匂天神町
下京区下立売七本松西入西東町
下京区綾小路通新町西へ上新釜座

そして、下記の記事で上記の①と④と➈を紹介した。

citywalk2020.hatenablog.com

確認したところ、③は消滅していた。

④は上の記事で紹介したが、設置されてるのはレプリカで、本物は保存されている。

ということは現存しているのは7枚かと思ったが、「京都仁丹樂會」さんに確認したところ、現存しているのは9枚あるとのことだった。

9枚の内2枚は確認できているので、残り7枚を確認することが課せられた使命だった。

上記にないものが2枚ある。

隠れ木製仁丹町名表示板と言ってもいいものなのかもしれない。

2022年11月に訪問した時、現存している全ての木製仁丹町名表示板を確認できているのだが、この記事を書いているのは年を越した2023年1月、記憶があいまいになってしまっている。

忘れなければ全部紹介したいと思っているが、どうなることか自信がない。

期待している読者はいないと思うが、もしいたとしたら、気長に待っていただきたい。

と書いていたのだが、この記事を投稿するのは、ちょうど1年後の2023年11月13日になってしまっていた。

発見日 2022年11月13日

⑧はこちらのお宅に設置されていた。

伝統的な町屋だったのだろうけれど、前面はかなり改修されているようだ。

木製仁丹町名表示板は2階の前面右端に設置されている。

雨どいに隠れていて正面からは撮りにくい。

右斜めから撮ったもの



左斜めから撮ったもの

仁丹のマークは認識できるが、書かれている文字は読めない。

ちょうどご婦人が家から出てきた。

思い切って声をかけてみた。

「あれは仁丹ですよね?」

「そうです、先代から大事にするようにと言われています。」

家の構造や床や壁などを説明していただいたのだが、この記事を書くのが遅くなり、忘却の彼方へとなってしまったが、思い出したことがあった。
それは、裏の方に新婚さんの家が建っているということだった。
この町家を解体してという話もあったようだが(この話は聞いたような気がするが、もしかしたら自分の思い込みかもしれない。)、そうされなくてよかった。

「中に入ってみませんか?」

と言われた。

お言葉に甘えて、町屋の内部を見学させてもらいたかったが、流石に遠慮した。

壁のタイルを磨いているご婦人

壁のこの黒いタイルは珍しいものらしい。

磨くのを習慣にされているそうだ。

何時までもお元気で。

西東町について調べてみた。

"東西"とはいうが"西東"とはこれいかに?

寛永一四年(一六三七)の洛中絵図に「西ノ京東丁」とあり、寛文五年(一六六五)刊「京雀」に「西の京」、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」では「東町」とあり、明治九年(一八七六)京都区分一覧之図にも「東町」とある。現町名は西之京町の略称(坊目誌)らしい。
略さないで西之京東町のままでよかったと思うのだが、京都らしくないと言うと京都の方に「これも京都だ。」と怒られてしまうかな。