歩・探・見・感

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ノスタルジック、レトロ、ディープそしてマイナーな世界へようこそ

旧町名 松戸市平潟

今回は千葉県松戸市を久しぶりに訪問した。

秋葉原から総武線に乗り、両国駅前で気が付く。

そう乗る電車を間違ってしまったのである。

総武線では松戸駅には行けない、総武線では最初の千葉県の駅は市川駅である。

市川市でもよかったのだが、何の事前調査をしていなかった。

そこで、乗換案内で調べると秋葉原に戻れとスマホは言う。

秋葉原駅から日暮里駅まで行って、そこで総武線に乗り換えろとの指示だ。

へいへいと素直に従う。

両国駅で降り、秋葉原駅へ戻る。

ちょうど来た山手線に乗る。

上野駅に着くと、1分ほど停車するとのアナウンスがあった。

そうだ、総武線上野駅からも乗り換えられる。

ということで、上野駅で降り、総武線に乗り換えて、松戸駅まで行くことにした。

 

元平潟遊郭付近にレトロな電柱が10本ほど現存しているとの情報を得て、これを探索して発見することが今回松戸市訪問の目的の一つだった。
以前もこの辺りは探索したことがあるのだが、その時は、電柱は探索の対象していなかった。
電柱については発見することができたので、別な記事で紹介することにし、今回は電柱探索中に発見した旧町名「平潟」を紹介しよう。

 

発見場所 千葉県松戸市松戸

 

松戸市平泻2033-8

発見日 2022年9月22日

「潟」の略字「泻」が使われている。

「新潟」の「潟」だが、自分はうまく書けない。

この略字は知らなかったが、略字の方が当然書きやすい。

「泻」は他県民からみれば新潟県民にしか使われない「謎の漢字」らしいが、ここでも使われていた。

新潟県内では地元民が手書きで「潟」と書く際に、難しい字体のため使うことが多いとの事。

この略字は新潟で生まれたものではないらしく「三省堂」によれば、正確には「新潟にだけ残った略字」らしい。

江戸時代、全国で刊行されていた辞書「節用集」に記載されるなど全国的にメジャーな略字なのだが、明治時代に入り出版物の活版印刷が定着した際、販売用の活字一覧表には正しい「潟」の字しか記載されず、全国に流通するすべての印刷物で「潟」が使われた。それに伴い、この略字は全国から徐々に姿を消していったようだ。 
しかし、全国で唯一、地名を書くために日常的に「潟」を使う新潟だけ、この略字が使われ続けてきたということらしい。

 

ちなみに「潟」の書き順は以下の通り。

潟」の書き順 | 漢字の書き順

潟」の書き順(筆順)動画 - 漢字書き順辞典

たぶんこの通り書いていたと思うが、めったに書くことがないので怪しい。

 

次は今のところ千葉県でも松戸市でしか見たことがない住所プレートだ。

松戸市が配布した住居表示プレートなのだろうか?

松戸市では住居表示制度を行っていないので、住居表示プレートの表示義務はないとのことだが、あちこちでよく見かけるものだ。

 

②平潟2055

発見日 2022年9月22日

欠けているが、たぶん「2」だろう。

 

③平潟2210

発見日 2022年9月22日

 

④千葉県松戸市平潟2074

発見日 2022年9月29日

 

平潟公園

発見日 2022年9月22日

昭和34年開園ということは売春防止法施行後まもなく開園したことになる。

 

アパート名

発見日 2022年9月29日

 

事業計画公開板

発見日 2022年9月29日

松戸市松戸字平潟となっている。

 

駐車場

 

電信柱

発見日 2022年9月29日

 

平潟神社の狛犬

発見日 2022年9月29日

松戸町時代のものだ。

逢菜家の鈴木亀右衛門が奉納した。

 

歴史

1889年(明治22年
町村制施行により、松戸町・明村・八柱村・高木村・馬橋村・小金町が誕生

1933年(昭和8年
松戸町と明町(が合併

1938年(昭和13年
松戸町と八柱町が合併

1943年(昭和18年
松戸町、高木町、馬橋町が合併し、松戸市が誕生

 

地名の由来

船溜まりに都合の良い広い干潟が名の由来。

昔の江戸川はこの付近で大きく蛇行し、一帯は大きな干潟になっていた。潟の付近は流れも緩く船の停泊に具合の良いことから河岸として発展し、船問屋や舟運関係の小屋が立ち並んでいた。享保16年(1731)江戸川の付け替えで河岸が移転するまではここが本河岸と呼ばれ、のちに松戸宿が舟運物流の要衝となるための基礎になった場所でもある。