歩・探・見・感

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やままさ醤油醸造所のレンガ塀と桜 in 東京都中野区

以前も来たことがあるところだが、通りから桜が見えたので立ち寄ってみた。

訪問日  2021年6月21日(再訪日2023年3月30日)

訪問場所 東京都中野区中央2-32

桜吹雪が舞っていた。

空に点々と見えるのがサクラの花びら。

正面



裏側

左側から



桜とのコラボ



説明板

このモニュメントは、明治初期創業のやままさ醤油醸造所のレンガ塀の北側一部を移設したものです。
 建造は、1889年(明治32年)と推定されます。中野での初期洋風レンガ構造物をいわれている浅田銀行本店を手掛けた、中野在住の棟梁と弟子達によって醸造所の蔵とともに築かれました。
 石灰、海藻のつのまた、砂などで固める日本の伝統的なしっくい壁の技術とフランス積と言われるレンガ積み工法で造られています。
 当時、レンガ塀の築かれた青梅街道沿いは、中野の商工業の中心地として賑わっていました。また、ミソ、醤油の醸造は、蕎麦粉製造と共に中野の代表的な地場産業でした。
1990年7月 中野区

つのまた
スギノリ目スゴノリ科の海藻(紅藻)。
桜の花に似た形状をしている。
漢字では「角又」と書き、鹿の角のように股状になっていることが語源と言われている。ツノマタを食用としている地域は少なく、主に壁土に入れたり、石けんなどとして利用されている。

2025年7月22日、中野区歴史民俗資料館を訪問すると入口辺りにも山政醤油醸造所レンガ塀の一部があった。

このレンガは、山政醤油醸造所の塀に使われていたものです。レンガ塀は明治32年(1899)に造られたと推定されます。山政醤油醸造所は明治5年(1872)に創業されました。所在地は現在の中央2-32でした。当時、醤油や味噌の醸造は、蕎麦粉製造と共に中野の代表的な地場産業で、青梅街道沿いは、中野の商工業の中心地として賑っていました。山政醤油の生産高は中野の産出量の8割を占めました。その敷地は宝仙寺の仁王門の西側あたりを北限に青梅街道を越え、現桃園小学校に接する広大なものでした。
現在、仁王門から約170m西の公園内にレンガ塀が移設されています。レンガ塀は、石灰・つのまた(海草)・砂を練り固める日本の伝統的なしっくい壁の技術と、「フランス積み」といわれる美しいレンガ積みの工法で造られていました。中野の初期洋風レンガ構造物とされる浅田銀行本展を手掛けた中野在住の棟梁と弟子達によって、醸造所の蔵とレンガ塀が築かれました。

★歴史民俗資料館の、このレンガ塀も 「フランス積み」。しっくいではなく、セメントで固定されています 。