今回は新宿区にある陸軍の境界石を探しにひとりツアーをしてきた。
①慶応義塾大学病院
発見日 2024年3月21日
発見場所 東京都新宿区信濃町
慶應義塾は1917年11月 四谷区信濃町の陸軍用地を購入し大学医学部と病院の本拠とした。
本標はこの地が陸軍省所轄地で あったことを示す境界石である。
2023年5月 慶應義塾
昨年に設置されたもののようだ。
簡単な説明だが、設置してくれただけでもありがたい。
実物をアップしたものがこれだ。
他で見かけたことがあるものより年季が入っている感じがする。
②市谷亀岡八幡宮
発見日 2024年3月23日
発見場所 東京都新宿区市谷八幡町
以前も来たことがあるのだが、その時は几号水準点が目的で、まだ境界石を知る前だった。
市谷亀岡八幡宮の裏参道にひっそりと残ってる陸軍境界石に会いに行く。
神様にご挨拶して、裏参道へ向かう。
右側に八紘一宇碑がある。
直進し、突き当りを右に曲がる。
フェンスの向こうは防衛省の敷地「防衛省市ヶ谷地区」。
裏参道にある桜の木の下に2本あった。
この2本は陸軍用地と刻まれている。
3本目は少し離れた所にある。
これは陸軍省所轄と刻まれている。
防衛省市ヶ谷地区の敷地には戦前まで、大日本帝国陸軍の教育機関「陸軍士官学校」があったところ。
③ライフ若松河田駅前店付近
発見日 2024年3月23日
発見場所 東京都新宿区若松町
ひとつ目
幟と看板の間位に隠れている。
文字は読み取れない。
ふたつ目は自動販売機の横にあり、植木鉢置場になっている。
若松町には、陸軍砲工学校(陸軍科学学校)があったらしい。
④戸山公園
発見日 2024年3月25日
発見場所 東京都新宿区大久保三丁目
土塁と境界石
石の壁に埋もれている「陸軍」という文字が刻まれた境界石。
戸山公園の南端には射撃場の周囲に築かれていた防弾土塁の一部が残っている。