歩・探・見・感

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「キティかと思ったあのシルエット」──もう一つの可能性「えびすネコ」

恵比寿駅で見かけた、あのシルエット。

最初に見たとき、正直こう思った。

「キティちゃんじゃないか?」


丸い顔に、猫の耳。
そして頭の上に何かが乗っている。


ただ、よく見るとどこか違う。

ロゴもない。
説明もない。
そして、妙に“曖昧”だった。


その違和感から、ひとつの考えが浮かんだ。


■ 「もし別のキャラクターだったら?」

あのシルエットをもとに、
自分なりにイメージを膨らませてみた。

それが、この「えびすネコ」だ。



鯛を頭に乗せた、ゆるい猫。
どこか親しみやすく、少し抜けた表情。


いわゆる“ゆるキャラ”的な方向性だが、
むしろ駅の空気にはこちらの方が馴染む気もした。


ただしこれは、シルエットを正確に再現したものではない。

見た瞬間の印象や連想から広がった、
ひとつの解釈としてのイメージである。


■ なぜこの形になったのか

シルエットから感じたのは、

・猫であること
・頭に何か乗っていること
・全体の丸み

だった。


そこから、

「恵比寿」→「えびす様」→「鯛」

という連想が生まれ、現在の形になった。


つまりこれは、

シルエットを再現したものではなく、
そこから意味を読み取って組み立てたキャラクター

ということになる。

■ 実際のキャラクターとの違い

その後、実際に登場したのは
「福にゃびすん」というキャラクターだった。


額に「寿」、頭に鯛。
コンセプト自体は近い。


ただ、印象は大きく違う。


「福にゃびすん」はどちらかというと、
“縁起物としての完成形”


一方で「えびすネコ」は、

“もう少し余白のある存在”


同じモチーフでも、
方向性によってここまで印象が変わるのは面白い。


■ 見間違いから生まれたもの

今回の「えびすネコ」は、
完全に“見間違い”から生まれた。


しかしその見間違いは、
単なる勘違いではなく、

**「そう見えてしまう余白」**があったからこそ起きている。


つまりあのシルエットは、

最初からある程度の“曖昧さ”を持っていたとも言える。


■ もう一つの可能性として

もちろん「えびすネコ」は公式ではない。
ただの想像上のキャラクターだ。


それでも、

「もしこういう方向だったら」

という“もう一つの可能性”として見ると、
あのシルエットの見え方が少し変わってくる。


 


それは「正解」ではなく、

解釈のひとつに過ぎない。


だからこそ、このイメージには
意味があるようにも思える。


■ おわりに

最初に見たとき、
「キティちゃんかもしれない」と思った。


そして実際には、
まったく別のキャラクターが現れた。


その間にあった“ズレ”から生まれたのが、
この「えびすネコ」だ。


もしかするとあのシルエットは、

最初から一つの答えではなく、
いくつかの可能性を含んだ形だったのかもしれない。