今回は、旧町名「菊坂町」時代の「キクザカ」の電力プレート3枚を紹介する。
①キクザカ-2
発見日 2021年2月25日
発見場所 東京都文京区本郷4丁目
②キクザカ-4
発見日 2021年10月12日
発見場所 東京都文京区本郷4丁目
これは初見の電力プレート
ペンキがべったり塗られていても見逃さない。
②キクザカ-3
発見日 2022年6月7日
発見場所 東京都文京区本郷4丁目
メーターに挟まれていて、全容が見えないのと電力プレートにしては劣化も激しいため、自分の目では「○○○カ-3」と読めない。
旧町名案内
この辺一帯に菊畑があった。坂を菊坂といい、坂下を菊坂町と名づけた。
元禄(げんろく)9年(1696)町屋が開かれ、その後町奉行支配(まちぶぎょうしはい)となった。
町内には、振袖火事(ふりそでかじ)の火元の本妙寺(ほんみょうじ)があった。下通りには、女流作家樋口一葉(ひぐちいちよう)が住んだ。現在旧居跡には掘抜(ほりぬき)井戸が残っている。
電力プレートは「キクザカ」になっているが、旧町名案内では「きくさか」になっている。
「きくさか」と濁らないのが正しいようだ。
現在は本郷三丁目の交差点の北方で西へ折れ、同四丁目と五丁目の間を西片一丁目方面に北西に下る緩やかな坂(坂上標高20m、坂下は9mで11mの高低差)を菊坂と呼んでいる。
1943(昭和18)年7月1日
東京都本郷区に所属。
1947(昭和22)年3月15日
東京都文京区に所属。
1965(昭和40)年4月1日
住居表示の実施により、現行の本郷四・五丁目に編入となり消滅。
地名の由来
長禄年間に町屋となった頃、菊を栽培する者が多く、一円菊畑があったことによる。