京都市には街区表示板がない代わりに様々な種類の町名表示板があった。
既に仁丹の町名表示板とナンバーくん住所プレートの一部は紹介しているが、それも含めて発見したものにどのようなものがあったか紹介しよう。
発見日は2022年1月27日~29日である。
1.仁丹町名表示板
①琺瑯製
京都訪問中最後に発見したもの。
姉小路
平安京の姉小路(あねが/あねの こうじ)に相当する。東は木屋町通から西は佐井通(春日通)まで。他の多くの通りと同様に寺町通で鍵の手に折れる。
いまさら遅いが、2022年3月11日追記
NHKの朝ドラのカムカムエブリバディの京都編が既に2022年2月10日(木)にスタートしているが、仁丹は商標の関係で難しいだろうけど、仁丹もどきの町名表示板でいいので出てくれればうれしかったのだが。
2月26日にクランクアップを迎えているそうなので、かなわぬ夢だった。
たばこ販賣所の琺瑯看板の小道具があったのだから、仁丹もどきの町名表示板もあってもよかったのになあ。
NHKのスタッフよ、考えなかったのか、と言っても後の祭りだが・・・。
②琺瑯製平成版
写真を整理していたら平成版のものが数枚撮ってあった。
撮った時は気が付かなかった。
事前に平成版の存在を知っていなければ、平成版だということに気が付かなかったかもしれない。
2010年の「京都琺瑯町名看板プロジェクト」で選出されたのは以下の12町内会で、18箇所に設置されたそうだ。(2022年3月11日追記)
○上京区加賀屋町
○上京区大黒町
○中京区三条町
○中京区六角町
○中京区百足屋町
○中京区小結棚町
○中京区釜座町
○中京区三条油小路町
○中京区下樵木町
○下京区船鉾町
○下京区東塩小路町
○左京区銀閣寺町
③木製
「木製仁丹町名表示板 京都府京都市」の記事で紹介済のもの。
右 上京区椹木町通油小路東入 東魚屋町
左 下京区綾小路通新町西ヘ上 新釜座町
④レプリカ
「木製仁丹町名表示板 京都府京都市」の記事で紹介済のもの。
2.ナンバーくん住所プレート
①金属製
色:白
サイズ:縦85cm×横12cm
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
「突抜町」は「つきぬけちょう」と読む。
この記事を書くまで「突抜」と書いてあるにもかかわらず「突破」と書いてあるのだと勘違いしていた。実際に自分のように勘違いする人もいるようだ。
②金属製2
中京区堺町通六角下ル 甲屋町
よく見ると①のタイプと違うことがあるのに気が付いた。
①は平面だが、②は少し立体的である。
③プラスチック製1
東山区東大路三条下る二筋目東入 北木之元町
色:白
サイズ:縦85cm×横12cm
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
広告主
明日もさわやか フィットする Cut & Purm 美容室
三日月みたいな字、何と読むのだろう?
油小路丸太町上にある美容室を調べてみるとREKO美容室というのがあった。
それから考えてみると、三日月みたいな字は、「レーコ」と読むのだろう。
きっとそうだ。
1951年創業で、現在は油小路丸太町上の本店のほかに、北区烏丸北大路上ル小山北上総町、東山区大和大路三条下る新五軒町に店舗があるようだ。
プラスチック製2
③と異なるタイプが伏見区にあるようだが、未確認。
3.ライオンズクラブ大型4ヶ国語サイズ(縦長)
中京区壬生梛ノ宮町
色:黒
サイズ:縦80cm×横30cm
ふりがな:なし
ローマ字:あり(4ヶ国語)
自治体名:あり(上部横書き)
その他:カラー地図付き
4.ライオンズクラブ大型4ヶ国語サイズ(横長)
○○六角上る
左側が薄くなってしまっており、何と書いてあるのかよく読めない。
もっと状態のいいものはなかったのかと言われそうだが、探索したところでは見つからなかった。あったのかもしれないのだが、元々撮る対象にしていなかったので、見落としたかもしれない。
この地図を見て、○○に入る通り名が分かるだろうか?
現在位置が分かればわかるかもしれないが、どこだ。
ストリートビューで撮った場所を特定できたが、「高倉通六角上る」でいいのだろうか?
北が上でなく左にある地図も珍しい。
京都はただでさえ分かりにくい道なのに、北が左だということを知らないと、この地図だと迷ってしまいそうだ。
色:黒
サイズ:縦30cm×横80cm
ふりがな:なし
ローマ字:あり(4ヶ国語)
自治体名:あり(上部横書き)
その他:カラー地図付き
5.ライオンズクラブ標準サイズ(新型)
色色:白
サイズ:?
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
「悪王子(あくおおじ)町」「閻魔前(えんままえ)町」など京都には一風変わった名前の通りや地名が多く残っているが、その中でもとても気になった存在が「天使突抜(てんしつきぬけ)」だった。
「天使突抜」は、西洞院通と油小路通の間に位置する東中筋通を中心に、北から南に1丁目から4丁目まで存在する町だ。
「天使突抜」と呼ばれるようになったのには、松原通にある「五條天神宮」が大きく関係している。
「五條天神宮」は、平安遷都の際に桓武天皇の命により、弘法大師・空海によってこの地に勧請されたと伝わる古社で、「天使の宮」または「天使社」と呼ばれてきた。のちに、後鳥羽上皇の時代に「五條天神宮」と改めらた。
天正年間(1573~1592年)に境内を貫くかたちで道が通され町が作られ、そのことからこの辺りは次第に「天使の社を突き抜けて作られた」ことを意味する「天使突抜」と呼ばれるようになったらしい。
6.ライオンズクラブ標準サイズ(旧型)
色:白
サイズ:?
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
現在本能寺が付く町名は「本能寺町」、「元本能寺町」、「上本能寺前町」、「下本能寺前町」がある。
京都観光オフィシャルサイトには本能寺跡の住所・所在地は中京区小川通蛸薬師元本能寺町となっている。
しかし、髙野澄著「京都の魅惑の町名」には「明智光秀が織田信長を殺した本能寺の変-その本能寺があった町だから町名は本能寺町」とある。
そこは「元本能寺町」ではないのかと思うが、素人なので分からない。
天正19年(1591年)、豊臣秀吉の命で移転させられ、現在は京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町にある。
7.京都市広報板
下部に通名、町名が記載されている。
広報板に記載されている通名、町名に誤りがあるところがあるらしい。
京都市でも間違えることがあるということは、それだけ複雑ということだろうか?
広報板には「京都市では市内全域で路上喫煙禁止です」とあるが、路上喫煙をしている市民と思われる人を何人も見かけた。
文化財や文化財級の建物が数多くあるので、本当に順守してほしいと思う。
8.非仁丹町名表示板1
色:白
材質:鉄鋼(筆書き)
サイズ:?
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
このタイプの町名表示板もよく見かけた。
劣化が激しいものが多いが、これは劣化が少ないものだ。
この町名表示板の広告主は久邇洋裁学校だが、このタイプのもので発見した広告主に以下があった。
・お疲れに アリナミン
・八瀬かまぶろ温泉 ヘルスセンター
※京福電気鉄道のグループで1959年に開業しているがヘルスセンターは1981年に閉館 されている。
・三和 ネオン 看板
・三和 塗装 看板
・ナショナル 洗濯機
・鮮明な ナショナル テレビ
広告主の「久邇洋裁学校」について調べてみた。
町名表示板に所在地は「河原町荒神口上」と書かれていた。
そこには「久邇洋裁学校」は現存しておらず、跡地は「京都KKRくに荘」になっていた。
創設者は元皇族の久邇静子(くにしずこ)という方だそうだ。
「京都KKRくに荘」のホームページには以下のような記載があった。
当館は、清らかな流れ、鴨川のそばに佇む宮家ゆかりの古都の宿でございます。
ここ「くに荘」は香淳皇后がご幼少の一時期をお過ごしになられた久邇宮邸跡地に立つ宮家ゆかりの宿です。
9.非仁丹町名表示板2
錆がひどい、特に上部の錆がひどく、読めないところがある。
「上京区椹木町通油小路東入 東魚屋町」と記載されているように読める。
また、左の行に「番地」と記載されている。
広告主は本社が下京区大宮通にある「神治屋」と書かれているようだ。
描かれている顔は江戸時代の髷を結った町人のようにも見えるユニークなデザインだ。
他に「治安協会」「石問屋」「○○建築」「材料販売」「屋根仕事」「TEL 下 3570」などの文字が確認できる。
「神治屋」について調べてみた。
京都市会議員の神谷修平氏のホームページにたどり着く。
そこに「1937年より、大宮五条で神治屋という瓦屋を営んでまいりました。」とあり、下記の顔があった。
「みのじや」と読めるが「かみじや」なのか?
でも町名表示板と同じ顔だ、薄くなっていてわかりにくいが、町名表示板にこれが描かれていたのだ。
10.非仁丹町名表示板3
中京区六角通油小路東入六角油小路町
9のタイプと違うように思えるのだが、よくわからない。
下部の形状がとがっており、異なっているので、当ブログでは別タイプとして分類した。
広告主は、下部に記載があるが、錆びていて、読み取れない。
所在地は中京区堀川通三条下ル
11.非仁丹町名表示板4
東山区衹園末吉町くらがり通り
色:白
サイズ:?
ふりがな:なし
ローマ字:なし
自治体名:あり(上部横書き)
広告主は東山貸ビル協会「ぎをんアサヒ薬局」
「祇園」?「祗園」?「衹園」?
何が違う?
「示」なのか?「ネ」なのか?
祇(示、横棒なし)なのか?祗(示、横棒あり)なのか?
「祗園」は誤りだが、「祇」と「衹」どちらでも正解らしく「衹」は旧字で、新字は「祇」のようだ。
「ぎおん」?「ぎをん」?
正式には「ぎおん」だが、「ぎをん」という表記は趣を強調したお店の名前とかに使われているようだ。
末吉町の中央部を富永町にまたがって南北に貫く街路がある。そこは「くらがり通り」と呼ばれている。
碓井小三郎『京都坊目誌』(『新修京都叢書 第二十』370頁)を開くと、末吉町の項には、「富永町に通する小街を暗町[ルビは「クラガリ」]と字す」とある。
12.非仁丹町名表示板5
気が付く人はほとんどいないのではないだろうか?
見た目はただ板切れが貼ってあるだけ。
だが、よく見てみてほしい。
何が書いてあるのかはっきりと読めないが、文字が書いてあることは分かる。
これが町名表示板といえるものかわからないが、「二条?」という文字が浮き上がっているような気がする。
次回訪問できた時、再確認してみたい。
これは西洞院通と小川通の間の押小路通沿いにあったと思われる。
ネットで調べてみると、1~12以外のものがいくつかあるようだ。
次回訪問した時には、未見の町名表示板に出会いたい。